カテゴリー: 秘密の薬 (page 20 of 24)

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(30)

 下調べをしている身(東)からすると、その姿、不審な行動をしていると、ひとはみるであろう。ならば、世間もだが、とくに警察官の緊張感がとぼしいにこしたことはなかった。

時間があいたというより、必要があって、あけていたとの供述であった。

これに、矢野は満足したのである。

時限装置をつくったり、標的とした両元議長の下調べをしたりなどは、自供ととらえていい内容だ。警察内部の気のゆるみ云々も、本音ととれた。供述をとるねらいも、当然ながら真実を引きだす、にあったのである。

「でないと、同時爆殺に失敗するかもしれないからな」と矢野。皆のおもいを代表した。「つまり、復讐するに、それぞれ、チャンスは一回こっきりだった、からだよな」

 極悪犯はゆっくり首肯すると「失敗すれば、そいつらにたいする警備が厳しくなるからな」そう、補完的な説明をした。

この答え、和田もだったが、予期したものであった。

さて、取調べ室でのやりとりだが、可視化が法制化されたこともあり、もちろん録画録音がなされている。

「万が一失敗したばあい、それでも完遂するには、それこそ、ほとぼりが冷めるまで、一年くらいは待たねばならなくなる。やつらは高齢だから、それまでに仇が死ぬかもしれない。ボクが手にかけてこその復讐なのに、手の届かないところに勝手にいかれては…、だから、一発必中が絶対条件だった」

そう吐きすてるようにいったが、眸の焔ほむらは、奥でまだ燃えていた。

それは復讐の意義を、共感まではムリだとしても、だれかに知ってほしいからと、矢野にはそうみえた。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(29)

いっぽう、どさくさにまぎれて、認めさせようとの目論見・策略だったが、かんたんに見破られてしまった。そこで矢野は、第二案でもってすすめることにしたのである。

「これは失言。動機から、こっちが憶測でそう睨んで、それで…。…だから、まことに申しわけない」と、深々と頭をさげたのだった。

このようにして、第二案はすでにはじまっていたのである。「では、本題にはいります。さて、事件の間隔が、最大四十日以上あいた理由…」

「まだそんなことを!」

「まあまあ、ここは怒らずに聞いてほしいな。キミがみとめた爆殺事件についての質問だから」いまは、なんとしても供述をとらねばならないのだ。ひっかける企たくらみなら、チャンスはまだあるだろうと。

「爆殺事件の一回目は年末だった。で、ドローンと時限爆弾によるふたつの爆殺は、二月にはいってだいぶたってからだった。そのかん四十日くらい、だよね。そこで訊きたい。どうして、こんなに時間をかけたのかと?」

これも、検察が知りたがるギモンのひとつとみていた。また、捜査にたずさわる立場としても、おざなりにはできない事案だった。とはいっても、判決におおきな影響をおよぼすほどではないだろうとも。

 で、だれもなにも発しない、森閑たる空間。しわぶき(咳)のひとつだにない取調べ室。

そのかんの藍出、じぶんの拍動音がきこえた気がした。連続殺人犯がなにを語るのか、ただそのことに神経を研ぎすましていたからなのか。だが静寂は、そう長くはなかった。

ややあって東、仕方なさげに口をひらいた。「時限装置をつくったり、標的だった両院の元議長の生活習慣調査をしたりで、いろいろと準備もあった。しかしそのことよりも、爆破」…“爆殺”とは、それを冒しておきながら、さすがに使うのをためらったのである。

つづけた。「事件は、年末に起きた一度っきりで、それ以降、期間があいたので、次はないのではないかとの希望的観測がもたらす、警察内部の気のゆるみ、それが生じるのをまっていた。だが本心をいうとさっさと決行し、早く片をつけたかったけどな」

 じじつ、警察組織は巨大だからこそひとを当てにしがちで、そのぶん、よけいに緊張感を継続することは困難となり、かなりの警察官、とくに警備にあたっていた担当官は、どこか、気が抜けていることも少なくなかった。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(28)

それを潮時(グッドタイミング)とみて、矢野は供述をとることにした、しかも、ある策略をかくしもっての。

「事件にかんし、いくつか教えてほしいんだが、いいかな?」

 連続殺人犯は、無表情のまま、ちいさくうなずいた。

「まずは第一の事件では銃を、二番目は爆発物をつかって殺害を」

「待った!」矢野の発言をさえぎるべく、東は卒然としてどなった。同時に、眼が尖とがりきった。

しかしながら、目のまえの警部の優秀さを痛いほどにしったあとだけに、感情的になれば二の舞だと、こんどは充分にこころしているようすである。

他方、なにがあったのか、今しがたの意気消沈ぶりは、いったいどこへいったのか、和田たちは首をかしげるばかりであった。

 東という男の強したたかさ、メンタルの強さを、ベテラン和田といえども見抜けなかったということだ。

内心の強靱。

ひとつは、尊敬していた父親を殺された、その地獄の悲嘆から立ちあがった強固さ…これは、両親を強殺(強盗殺人)された矢野もおなじ…だ。もうひとつは、特殊部隊における数年間の、人間性さえ変えてしまうほどに強悍(強く猛々しいさま)を強しいる苛烈な訓練によった。

「いまのは何ですか」声も態度も、しかし、落ちつきはらっていた。「第一とのたまう。さて、どんな事件なんでしょうか?で、まさかですが、このボクを犯人と、勝手に決めているんじゃないでしょうね」

場壁元首相狙撃事件をさしていることなど、はなから承知の極悪犯であった。だが、おくびにも出さない。若造らしからぬ、手練れの駆け引きである。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(27)

さすがに、頭のうえに設置されたエアコンにまでは、知能がおよばなかったということだ。可視できない塵埃にまでは、頭がまわらなかったのである。

もとより東にすれば、エアコンが室内の空気を吸ったあと、熱交換し吹きだす、くらいのことは子供のときからしっていた。だから、ぎゃくに当たりまえすぎて、見落としたにすぎない。

テレビは、リモコンの電源ボタンオンで映像をうつしだす。冷蔵庫はつねに、なかの物を冷やしてくれている。それが機能しないとき、初めてなぜ?となる。それまでは当たりまえすぎて、気にもとめない。

機器が稼働するのはふつうのことであり、慣れとは、そんなものなのだ。これが結局、落とし穴になってしまったのである。

重ねていう。健康のありがたみは、病気になって痛感するものである。おなじように、稼働している機器には普段ならありがたみを感じることなく、よって故障しないかぎり、その構造などは、見過ごすどころか、気にもかけないままとなる。

さらにだが、エアコンの機能や仕様にまでは気がいかなかった理由なら、まだあった。

東が、いくら訓練をうけ自信があったとしても、取っくむ相手は爆薬(あえて分類すれば、黒色火薬の改良型。ただし製造上の安全性を考慮し、材料はすべて固体)であり、時限装置や起爆装置をふくむ三種類の爆破機器だった。その製造工程において、まちがえば、復讐するまえに、じぶんが爆死するはめとなる。

だから完成するまでは、緊張の連続につぐ連続だった。見えない埃にまで、神経がおよばなかったとしても、すこしも不思議はないのだ。

もはや、視線が宙をおよぎ、定まらなくなっていた。

嗚呼と、深いため息が漏れた。世界最高水準の科学捜査にかかれば、完璧な物証が確保されるにちがいないと。

せいで、完膚なきまでに、打ちのめされたのである。

完敗だ、と心がつぶやいた。

そういえば、完全黙秘するつもりだったのに、このデカに、まんまと乗せられてしまったとおもいしった。

それにしても、ほんの小さなアリの一穴が、八年もかけた完全犯罪を、はらわたが煮えくりかえるが、崩し去ってしまったのである。

敗北と脱力感で、心がズタズタになった東であった。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(26)

 ところで先日、矢野が苦悩しつつやっとこさ思いついた、東が、上手の手から水をもらしたような,愚かしいミス、爆薬製造が冬だった云々のくだりだが、このことだったのだ。

「おまえ、寒さでもしも手がかじかんでしまったばあい、爆薬製造の工程で、薬品をうまいぐあいに調合できないかもしれないと、それをおそれ、おもわずエアコンを強めにした、え、そうだろう?」

 そのとおりであった。で、今このとき東は、じぶんが冒したうっかりミスに、ようやく気づいたのである、しかも、取り返しがつかない。

 しかしまだ、酷寒と不運との因果関係について、東以外に気づくものはいなかった。よほどに、想像力豊かな頭脳のもちぬしでないと、矢野がこれから言おうとする肝心に、いたらないであろう。

「数種類の薬品を調合するにあたり、分子と分子、あるいは粒子と粒子がぶつかって、それが塵埃じんあいとなる。ちなみに塵は数の単位で、一の十億分の一、埃は百億分の一と、じつに細かくちいさい。まあ、賢いおまえのために数の単位でたとえてみたのだが、つまりは、可視できないほどに微小ということだ」

 熟慮三考(なんども徹しての深い思索)を重ね、辿りついた決定打である。

でもって、矢野の独壇場がまさにはじまろうとしていた。

「発生したその塵埃が室内にただよい、暖房であたためられた空気とともに上昇し、稼働中のエアコンがそれを吸いこみ、フィルターやフィンなどのエアコン内部に付着した」

 三度の爆破につかった爆薬の量は、科捜研によると、合計で3キロちかかったのではないかと。それほどともなれば、その成分の検出が可能となる量の塵埃が、製造工程において空中に散布されたはずと、矢野は願いをこめつつ、そうふんでいたのだった。

 ちなみに、原料の購入においても、東にぬかりはなかった。他の三県、十以上のホームセンターで、バラバラに買ったからだ。

捜査員が、薬品や機材の入手経路から犯人に迫ろうとこころみたが、徒労におわったのも道理だった。

「その塵埃を、見つけだしたというわけさ」そう、のたまったのである。

爆薬の製造をしたのが春や秋だったなら、極悪犯東がエアコンを稼働させることはなかった、そう断言できる。だとすると…物証はのこらなかった、となる。

“天網恢恢、疎にして漏らさず“(天が張る網は、けっきょく、悪人を漏らすことなく捕えるの意)。つまりはじめから、悪事に味方をする運などなかったということだ。

たしかに矢野たちにとっての、天佑(天のたすけ)はあった。

そうはいっても、物証を探しだしたのは矢野警部である。

換言すれば、孫悟空(自信過剰の東)が、仏(矢野)の掌中にあったともしらず、自在に飛びまわったあげく、やがてじぶんの愚かさや拙さを思い知る、その瞬間に似ていた。(この譬えの概要、“西遊記”を、ウィキペディアを活用し、ご覧・ご承知あれ)

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(25)

 いっぽう、一抹の不安が、東のかすかな眼の動きと眉からみてとれた。

この、絶好のタイミングをはずすまじと、

「あ、言うの忘れてた。さきほどの電話だけど、じつに、吉報そのものだったよ。それはな…」と、これみよがしに破顔(ニッコリ)したのである。

 その、屈託のなさ(晴れやかさ)に、東は愚弄するなと、内心むかついた。つい、かれの若さが出てしまったのである。

 じつはこの、矢野が醸かもした腹だたしさも不安感も、知らず知らず、術中にはまりつつある証左(証し)であった。

「おまえの部屋で押収できた物質が爆薬だということを、簡易検査ではあったが、反応がでたおかげで確認できた」と、爆薬を押収できたこと、および“確認”の言辞を強調し、さらにつづけた。「精密検査でもおなじ結果がでると確信してるよ」

 いまは、簡易といえども精度があがっており、精密検査は四年前にできた刑事訴訟法改正にともなったいささか古い制度で、あえていえば、もはや、念のためでしかなかった。

簡易と精密とで、検査結果がちがったとの報告、ここ一年、そんな事例をだれもしらない。だから、確定といってもさしさわりはないのである。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(24)

ところで、じつは、東がなした既述の工作も、矢野には織り込みずみだったのだ。

でもって、東の手練てだれに気づいていないふりをしていただけであった。安心させ、気をゆるませ、油断をさせるために。

だから逮捕におもむくその事前に、鑑識課長に耳打ちで依頼した極秘内容を、信頼する部下たちにもつたえなかったのだ。捜査陣の敗戦が濃厚だと、東におもわせるに、ひつような処置であった。

まずは、味方を欺く。

だったからこそ、東がほくそ笑んで、高らかに凱歌をあげるのはじぶんだと、肚で嗤ったのだ。

で、矢野がおもむろに語りかけるように口をひらいたのは、その直後、であった。

「キミが爆薬を自宅で製造したのは、冬だった。で、こんかいの冬は例年になくきびしい寒さであった。おまえ、運が悪かったな」

キミに変化したとおもったら、直後に“おまえ”になった。

おまえといわれたのははじめてだけに、少々、面食らったのである。陸自では、たしかに聞きなれた呼称ではあったが。

 でもっての“運が悪かったな”って、季節と、しかも酷寒とどうかかわるのか、さっぱりわからなかった。==こいつ、わけのわからないことを言って動揺をさそい、あるいは怒らせることで冷静さをうばい、そんなどさくさに紛れてポロッと、自白でもさせるつもりなのか。だったら、そんな手にのるか!==そう、考えるしかなかった。

 とはいうものの、言いしれぬちいさな懸念を感じはじめたのだった。デカの、いまの言葉からもだったが、自信にみちた表情にも、不安にさせる因があった。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(23)

いっぽう、キミから、あなたへと丁寧になったのを、連続殺人犯は聞きのがさなかった。

「ボクは犯人ではない!だから部屋から、なにもでるわけがない。忠告しておくが、税金のムダ遣いとなるから、しらべるなんてまあ、やめたほうがいいよ」ふふふと、こんどは明らかに笑ったのだった。自信のあらわれである。

東は、心中おもったのだ。

 連続殺人の立証なんてできるはずがない。脅しとカマかけはできても、所詮、こいつらは無能だから。じぶんはせいぜい、窃盗で有罪となるだけ。ボロ軽トラとドローンの窃盗、いや待てよ、ドローンのほうだが、バカな警察が立証できるかどうか。

被害者は、“窃盗犯は女性だった”と証言するはずだし、どこにも指紋をのこしていない。河川敷で、ドローンの操縦訓練中のすがたを目撃されていたとしても、顔を隠していたから、じぶんだと特定できるはずがない。だから、じぶんと結びつける証拠はないのだ。

胸中の模様はつづく。

なるほど、疑いはぬぐえないだろう。だが、しょせんは曖昧模糊なのだ。したがって、うたがわしきは罰せず(被告人の利益に、が本来)の大原則が、じぶんをすくってくれるにちがいない。

おかげで、窃盗の初犯として、執行猶予つきの有罪判決で処罰されるのみ、これにて一件落着!となるのだ。これが、笑わずにおれようか。

ただし、だった。状況からみて、冷笑したからといって、先刻の怒りが消えたわけではなかった。矢野たちの言動によっては、再燃することだってありうるのだ。

いっぽう、ぎゃくに矢野が、怒りの再燃という手をつかい、東の平常心に波風をあえてたてる手腕もないとはいえない。ただ、そんな場面を、いくら矢野警部でも、設定できるかは、不明だ。

あとは弁護士待ちと決めこんで、勝利に浸っている極悪犯に、どうやったら鉄槌をくだせるか。くやしいかな、

矢野係の面々も、それを見通せないでいる。ただ、警部ならきっとと祈る想い、いやちがう、信じてはいるのだ。しかしながら、証拠不充分であることは、否めないじじつである。

ぎゃくに追い詰められているのはじぶんたちで、なのに、起死回生の逆転サヨナラ満塁ホームランを、ふてぶてしくもイマイマしいこの若造あいてに、はたして打ち返せるのか。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(22)

ところがだった。

あろうことか。ここで刹那、連続殺人犯の、…ニヤリとほほがひらいたのである。あにはからんや(=意外にも)、というやつだ。

えっ、なぜ?たんに、開き直ったからなのか。

否。それは…、==なんだ、その程度か==だったからだ。警察はあまい!それでは攻めおとせないよ、であった。むしろ、おおいに安心したくらいだったのだ。

爆発物は、矢野が憶測したように、自宅で製造していた。べつの場所でではない。

ほんらいなら、絶体絶命、のはずだ。なぜなら爆薬という、言いのがれできない物証が、でてしまうから…。

なのに、頭がおかしくなったのか、この男、製造の痕跡などでるはずがない!と、ひそかに嗤ったのだ。

さらには、こう思った。

鑑識が証拠不充分だとしてその根拠を、ごていねいにも提供してくれるはずだと。警察の手による、一種の推定無罪の確定である。いやはや、願ってもないことだと、そう。

でもって、その理由。

まずは、ブルーシートを敷きつめたうえで、製造したからだ。

で、役目をはたしたブルーシートは、雨が降りしきる深夜。ちかくの公園にて、八方に重しをおき、ひろげたまま放置しておいた。雨が、物証を洗いながしてくれ、そのシートは、ホームレスがねぐらに持ちかえるだろうと。

よって、たたみやカーペットから、爆薬の成分を採取できるはずがない。しかしながら、そのうえで慎重を期したのだ。

爆発物の完成後、かたづけをするにあたり、原材料の微細が、ブルーシートから床におちることもありうるとかんがえ、処置しておいたのだった。

具体的には、まず、製造時にきていた衣服だが、コインランドリーで洗濯をした。自宅のをつかうと、洗濯機内部のどこかに痕跡がのこるかもしれないと危惧したのだ。

で、三度も徹底して掃除機をかけた。その掃除機だが、とっとと処分してしまっている。それもだ。テレビドラマであるように、ホームレスが廃品をもっていくことのないように、壊しておいたのだった。

さらに具象しよう。東の性格によるのだが、掃除機のホース内にも成分がのこっているとして、その口に蛇口を突っ込み、水道栓をひねった。とうぜん、ホース内は洗浄され、さらにモータ本体にも水がまわったのである。

この徹底ぶり。だから、物証が出てくるはずないと、そこまで細部においても、撤した計画をたてていたのである。

 で被疑者の口元が、ついゆるんでしまったのだった。

「おやおや、いま、あなたは笑いましたね」目にした以上、東の心裡を探ろうとしてみた。だが、なぜ笑ったのかが……?。じぶんたちは追いつめたはずなのにという、不安げな眉をしたのである。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(21)

 と、このとき、水入りではないが、矢野のスマフォが鳴った。

「どうでした?出ましたか」矢野は、期待しつつ問うたのだった。

「おそらくは、だいじょうぶかと」信頼する、経験ゆたかな鑑識課長の返事だった。

むろん、このやりとり、誰とのかも、具体的内容も、察しのつきようがない。

 でもって、矢野はポーカーフェイスで、電話をきったのだった。

「野暮用の電話で、失礼したね。さて、どんな裁判員や裁判官も検察側の主張をみとめるだろうな。なぜなら、うちの優秀な鑑識がキミの部屋のゆかを徹底的に吸引したにちがいなく、そのあとは科捜研が必ずや、爆薬の残骸をみつけだすだろうからな」

 と、これでどうだ!観念しろといわんばかりの口吻だった。たしかにガサ入れによる物証の採取など、捜査のほうも最終局面まできている感がある。

東にすれば、行方不明者さながらに徹して潜伏したのに、現住所まで突きとめられたのだから。くわえての、矢野の自信にみちた言動。

これは悪夢か?いや、まさに絶望!ともなろう。

断崖絶壁に追いつめられ、進退ここにきわまり。時代劇なら「畏れいりました、お縄をちょうだいいたします」で、チャンチャンとなってもおかしくないのだ。

« Older posts Newer posts »