ところで、じつは、東がなした既述の工作も、矢野には織り込みずみだったのだ。
でもって、東の手練てだれに気づいていないふりをしていただけであった。安心させ、気をゆるませ、油断をさせるために。
だから逮捕におもむくその事前に、鑑識課長に耳打ちで依頼した極秘内容を、信頼する部下たちにもつたえなかったのだ。捜査陣の敗戦が濃厚だと、東におもわせるに、ひつような処置であった。
まずは、味方を欺く。
だったからこそ、東がほくそ笑んで、高らかに凱歌をあげるのはじぶんだと、肚で嗤ったのだ。
で、矢野がおもむろに語りかけるように口をひらいたのは、その直後、であった。
「キミが爆薬を自宅で製造したのは、冬だった。で、こんかいの冬は例年になくきびしい寒さであった。おまえ、運が悪かったな」
キミに変化したとおもったら、直後に“おまえ”になった。
おまえといわれたのははじめてだけに、少々、面食らったのである。陸自では、たしかに聞きなれた呼称ではあったが。
でもっての“運が悪かったな”って、季節と、しかも酷寒とどうかかわるのか、さっぱりわからなかった。==こいつ、わけのわからないことを言って動揺をさそい、あるいは怒らせることで冷静さをうばい、そんなどさくさに紛れてポロッと、自白でもさせるつもりなのか。だったら、そんな手にのるか!==そう、考えるしかなかった。
とはいうものの、言いしれぬちいさな懸念を感じはじめたのだった。デカの、いまの言葉からもだったが、自信にみちた表情にも、不安にさせる因があった。
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