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~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(40)

検出した爆薬の精密検査を懇請し、その結果がでたとの、であった。徹夜しての“成分、完全一致”というみじかい六文字に、矢野はおもわず相好をぐずしたのである。

 じつは、取調べ、いや、自供させるタイミングにあわせての結果をいそがせていたのだ。

 あとは藤浪がもたらす、その情報まちだった。そのための、時間かせぎが必要となった。

「なるほど、そうきたか。つまり、硝煙反応がでるはずの手袋やコートの類も、完璧に処分したってことだね」

第一と第三の狙撃事件においては、冬の屋外であったため、指先がかじかまないよう、手袋をしていたはずだと。また、リバーシブルのコートの袖口にも、火薬が飛び散っており、…しかしながら、それを検知できない状況に、落胆してみせたのである。

「もし犯人が処分したとしたなら、うつ手、ないよなあ」いうなり、鼻息が嗤ったのだった。

と、敵の思いあがりだといわんばかりに突然、「ほら。銃撃の証拠ならすべてオレが処分したと、そう、こいつの唇に書いてあるの、和田さんにも見えるでしょう」そんな軽口を、すこぶる上機嫌で発したのだ。

「ところで証拠だが、残念なことに、証明できるとおもうよ」それから、静かに笑った。静穏さのなかに、自信がこぼれ落ちていた。

そのようすを見た東は、はったりだろうとて、デカの肚を探ろうとした。証拠など、見つけられるはずないと確信はしているが、それでも刑事の自信が気になったからだ。

「なぜなら、いまごろは優秀な鑑識が、キミんちにあったパソコンを弄いじくっているからね。裏サイトでライフル等を購入したことを、証明するために。それでダメなら最終兵器がひかえているし。ですよね、和田さん」この発言もまやかしで、じつはひっかけるためであり、矢野らしいものだった。

ところがだ、安どの表情で「はっはっは!」と。さらに「はっ!なるほど、裏サイトね」あざけりつつ言ったのだ。ほんとうは、百年たっても見つからないと教えて、嗤ってやりたかった。が、手の内をさらすことはできない。“それこそ残念!まあ、せいぜい冷汗をかきなさいよ”を、それで、のどの奥にとどめたのだった。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(39)

いっぽう、散々な目にあわせたデカが相手だけに、さきほどまでの漲りぶりとは雲泥の落差を、半信半疑の眉で看視ながら、「それでもあんたのことだ。なんとかするつもりなんだろう」と、探りをいれたのだった。

「なんとかできればねえ…。今だって、供述をひっくり返されるような体たらくでは。上がどやしつけるだろうしな」眉間にしわをよせ、頭をかいた、いや、かきむしったというほうが近かった。

「それはまた、困ったことになったねえ。けど、仕事だからね」上司の存在を気にしている、となれば、困惑ぶりは、芝居ではなさそうだと。警戒心がほどけだすに反比例し、上からの物言いが、頭をもたげだした。じぶんの知能を過信する性格だからか。

「まあ、ご苦労なことだよね。ところでとどのつまり、立件できる見こみでもあるの、かな?」生意気なのか、傲岸のせいか。小バカにした言動をみせたのだ。“とどのつまり”こんどは、じぶんが相手を立腹させる番だとして。

つまるところ、銃も弾丸も、とっくに江戸川の川底だからである。

「それとも、僕が犯人だと証明できないからと放っておくつもりかな。そういえばその昔、検察が、立件できないからと不起訴処分にした事件もすくなからずあったよね」

JR福知山線脱線事故や小沢一郎議員による陸山会事件などをさしていた。いずれも物議をかもし、検察審査会(要は、民間人による組織)が不起訴不当(検察が公訴しない事件にたいし、同会が民意の反映として、強制起訴できる権限をあたえられた)と断じ、強制起訴させている。

「さて、被疑事実が明白な今件でも、証拠不充分により起訴猶予と判断すれば、マスコミや世論がこぞって、警察も検察も無能だと罵倒するだろうしな。…なにせ、二度の狙撃事件だけでも、世界中が注目する大事件だったからなあ。やっぱ、みものだね」まさに、他人事の口ぶりだ。

「まあ、そうなるのが、いまから楽しみだよね」ここにきて、饒舌を決めこんだのである、しかも、どうだと言わんばかりの鼻と口元で。

 と、そこへ、待ちにまった科捜研からのメールがはいった。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(38)

しばしの静寂の戦いくさに、やや気おくれした連続殺人犯が、息づかいをすこし荒くしながら、「この件にかんしては堂々めぐりだしな」と唐突に。

東はあきらかに、自供をなかったことにしたいのだ。

 矢野たちは勝手ないい分とおもったが、最後までいわせることにした。狙撃事件にかんして言わずもがなでポロッと、まさに“かたるに落ちる”を、しでかすかもしれないからだ。

「そこでだ、あんたが問題にしていた狙撃事件のこと、一体どう扱うつもりなのか、忌憚のないところを、よかったら教えてもらえないかな。元首相の殺害、だれもが興味あるだろうし」狙撃事件ならば、証拠隠滅を完遂している。

つまり、圧倒的有利のホームグラウンドといっていい。だから勝負できるとかんがえたのだ。

「おまえが犯人ではないというのなら、関係ない話しだから、どうでもいいだろう」とは矢野、口が裂けても言うつもりなかった。

それどころか、願ってもない好機到来だと、肚でほくそえんだのだった。しかしうわべ、乗り気なさそうにはみせた。

「正直、物証がでてこなかったのでまいっているんだよ」と、ため息をついたのだ。敵どうしなのに、まるで、友達にグチでもつぶやくように。あるいは、敗北宣言でもしているかのように。

 本音は、先刻まいたエサ(第一の殺害事件)に食いついてくるのを、手ぐすねをひいて待ちかまえていたのである、最後は、すべてをゲロさせる所存で。

 ただ現状、決め手にかけていた。逃げ得をはかろうとするあいてを、そうはさせじと袋小路においこむ材料、つまり証拠、それが舞いこむのを今か今かと待っているのである。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(37)

これも、あらかじめの計画だったのか、今しがた思いついたパフォーマンスなのか。

 供述を撤回する被疑者をなんどもみてきたデカたちは、黙ってきいていた。

「変装につかったとする道具とやら…。家宅捜査ででてきましたか?」上機嫌でつづけた。「さらに、ボクが手術をうけたというんなら、カルテもだしてみなさいよ!」

 矢野は無表情だったが、和田は想定していたとはいえ、口惜しげに口をとがらせたのだった。

変装用具にかぎらず、人相をかくすためのサングラスやキャップ、片面が黒っぽいリバーシブルタイプのコート、どころか、ライフル銃や弾丸をふくむ、これらは有力な物証となるのだが、なにひとつ出てこなかったのである。

和田の悔しげにたいし、「ほらね」とご満悦の東。そのいっぽうで、矢野の冷殺(ひややかな態度)に、一抹の戦慄が背筋を冷やしたのではあった。――こいつには気をつけないと!――さきほどの完敗が、頭からはなれないのである。

それで矢野に冷視(つめたい視線)をあびせつつ、さらにつづけた。「百歩譲って、爆破事件にかんしては、かりにあんたの言ったとおりだったとしよう。たしかに論理的ではあるからな」と、ここまで言って、さらに――いや待てよ!――となった。

デカたちが真実をかたっているとはかぎらないのだ。だから、降参すべきではないと。

残渣のような爆薬の塵、それを簡易検査では検出できたとのことだが、はったりの可能性だって、まだある。

あるいは、精密検査のけっか検出できずということもありうるし…。となれば、物証はゼロ。にわかに、そんな我田引水的想像に、いうなれば、とりつかれはじめたのである。

いっぽう、東の言動の底意をいぶかりながらも、「はったりでも不実でもない」と弁明することもなく、矢野はだまってきいていた。

「けど、塵のような爆薬をのぞくと、ほかには、なにもでてこなかったんだろう?」

「それはね、形ある証拠品を、すべて処分したから、だろう?」と、語尾だが、口調をまねたのだった。

「さあ、どうだか」“そうに決まってるだろ”と、わかりきったことを言わせようとした誘導尋問にもだったが、それ以上に悠然と、しかも冷徹ですらあるデカに腹がたった。

 東が睨み、それを余裕でうけながした矢野。両者のあいだには、冷冷たる空気だけがたちこめていた。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(36)

いっぽう、たんなる通行人のひとりとなることができた被疑者は、なにも恐れなくてすむ。むしろ、素顔だからこそ安心できたのだ。

ふつうなら、被疑者の素顔が報道により知れわたった、世間でよくある事件と、今回はあきらかにちがった特色をもっていた。

「ずいぶん前のことだし、記憶にないですね」そうとぼけたのは、連続殺人犯に、心境の変化がおおきくなったからだった。

 この急変に、「おい」と、和田は机のひとつも叩きたくなった。そのうえで、「トイレのドアなどに指紋をつけないよう、ゴム手袋でもして、出っ歯やつけボクロをはずしたのだろう」と言ってやりたかったのである。

しかし証拠がないいじょう、たんなる憶測でしかない。この、じぶんの憤りのかたきを、敬愛する警部ならとってくれると信じ、辛抱したのだった。

「パソコンをつかってキミの変装した顔を再現し、目撃者三人にみせれば、証言をえることは可能だ。だから、今さらごまかしても意味がないだろう」

冷静な矢野のいうとおりだった。今さら逃げ隠れしてもはじまらないのである。

だが、「そうおもうんなら、まあ、好きなように作文してみれば…」なにを思ったのか、豹変したのである。

ここにきて、完敗をみとめたくないとの天の邪鬼が頭をもたげたのである。“一寸の虫にも五分の魂“ではないが、かれなりの意地もあったのだ。

 まだ、第一と第三の狙撃事件の犯人をじぶんだと証明できていないことで、こんどこそ一矢報いてやろうと、そうかんがえたのだ。それはある意味、悪あがきでしかなかったが。

――三つの爆破事件において有罪となるだろうし、必然、死刑との判決がをくだされるであろう…――。

だが、たとえそうなろうとも…できるだけ抗いたかった。せめても、自尊心を守るためであった。

警察が全精力をかたむけても証明できなかったとなれば、その点においてはじぶんの勝ちなのだ。ぎゃくに、警察は恥をかくことになる。

たったひとりを相手に、実証ができなかったとなれば、巨大組織のくせになんとだらしがないと。そこを裁判で、おもいっきり強調してやろうとかんがえたのだ。

「いままでのは、いわばひとりごと、供述のようにきこえたかもしれないが、あるいは世間ばなしの類、ですよ」可視化用のカメラにむかい、歯をむきだして笑ったのだった。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(35)

そうかんがえると、べつの光景がみえてきた。

東にとって、じつはドローンを盗むに必要不可欠で、とうぜんながら綿密な計画の一部だったとの、あくまでも想像ではあるが。しかもだ、「背が低いじぶんだからこそうってつけです」と、そう上申をしての。

やはりこの見たてのほうが現実的だ。ならば、“うけいれ”は、手前がってなウソとなる。

 それでもあえての見解。かりに手術をもし除隊後にうけたとしたばあい、だが、すべてが自費となる。しかもカルテがのこる。

いっぽう陸自内の、閉ざされた不可視の出来事であれば、闇のなかのままだ。だから東にすれば、隊員として施術されるにこしたことはなかったのである。

「“うけいれた”とは。言葉というのは便利だよね」知るかぎりにおいて、東はトップクラスの知能犯である。たまたま手術をうけた、などというご都合主義的いい分を、矢野は拒絶した。

ただ裁判ではおそらく、言い出しっぺがどちらかは、さほどに重要な事実にはならないとかんがえたのである。それどころかドローン盗難の経緯じたいは、本筋である爆殺事件の傍系でしかない些末な事実なのだと、裁判官たちはそうみるであろうとふんだのだった。

肝心なのは物証で、それが裁判ではものをいい、けっか、有罪は1000%まちがいないと、このときだけは検察官の立場になっていた。

でもって、先刻までの矢野であれば、極悪犯が取調べにそこそこ協力的になったとみて、ここらで休憩をとろうかとおもっていた。しかし方針をかえ、最後までつづけることにしたのである。

 気がきく藤浪がもってきてくれた茶を、矢野は東にすすめ、じぶんも飲みほした。そのかん手で、藤浪に待つようにと。乗ってきた矢野が、おとといの夜起きた事件のニュースをふと思いだし、じぶんたちの事件と関連があるかもと、ピンときたからだ。

 耳うちされた藤浪は、嬉々として退出したのである。

「さて、地元後援会事務所では、つけボクロと出っ歯で変装していたが、その往き帰りにおいて、変装したままのキミを、どの防犯カメラもとらえていなかった」

和田の推測を、ここで披露することにしたのである。

「なぜか?だが、事務所のちかくに児童公園があった。そこのトイレで変装をし、帰るにあたり素顔にもどった。捜査陣のだれも、キミの素顔をしらない。だから、キミにすれば平然と、カメラのまえを通りすぎることができたのだ」

つまり、変装している顔しか知らない捜査陣は、それを映像のなかから見つけだす徒労に、あけくれていたのである。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(34)

いっぽう、腹に一物をひめた東ではあったが、いく通りかの歩容認証の変幻自在にはそれ相応の苦心があったとして、おおきくうなずいた。で、そのあと、

「化粧品をつかって目のしたにクマを描けば、七・八歳はうえにみえる」と正直に。

さて、読者はおぼえておいでだろうか、藤浪の顔をつかって実験し、すでに実証していたことを。

で東の正直さだが、そこまでだった。「ブ男に変装したのも、素顔をみせるわけにいかず、とうぜん、事務所のひとたちに記憶されたくもなかったから」

つまり、出っ歯にみせるなどの具体表現は、これをさけたのだ。証拠がないのをさいわいとばかり、本心をかくしていそうにみえた。

そのうえで、「隊員として、女装する必要性を想定し、のどぼとけを除去する手術をうけいれた」といった。だが、どこかそらぞらしかった。

東がかもした言動にもウラがありそうであやしげだったが、ことに“うけいれ”の一言に、矢野はひっかかったのだった。

一筋縄ではいかないしたたかさを、またも見せたことにである。これも、特殊部隊での訓練のたまものだろうか。

女装の必要性のくだりは、問題ないとしよう。スパイとして、国内外のスケベ男から情報をえるための、手段のことをさしている、は、ありうることだから。

防衛省にとって、この手のスパイも必要かもしれない。

しかし、だからといって、さすがの特殊部隊といえども、病気でもないひとの体に、“メスを入れるよう“との要請を、はたしてするだろうか。

なにかの行き違いが生じ、後日、大問題を惹起する、おそろしい可能性を秘める要請となるかもしれないのだ。防衛省発の、世間をゆるがす一大スキャンダルではすまない爆弾ともなりうるであろうから。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(33)

「岩見の、毎年恒例の誕生日パーティーがちかいことを、本人名義(じつは秘書まかせ)のツィッターで事前に知っていたキミは、爆発物を宅配で配達させる、まずその手はずとして、岩見の地元後援会事務所にボランティアといつわり入りこんだ」

心証をあらたにした矢野は、爆殺事件にかんし、明らかにしておきたいことを問うつもりなのだ。

「そのときは三十代にみえるブ男に変装し、あるときは美女に化けた、どちらも、そばで見てても変装だとわからない技術でもって。さらには、歩容認証から同一人物だとバレないように、たとえばブ男の西、ドローン盗難時の美人、そのほか何人かの人物になりきるために、歩く姿をそれぞれでつかいわけた。並たいていではできない変容だが、陸自の特殊部隊で、その技量も身につけていた。と、そういうことだよね?」

公判で、裁判官たちが知りたいはずの数々の事案、これらもそうだが、いまここで明確にしておかねばと。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(32)

ふつうにかんがえれば、通院のためなら、おおよそ正確な時間に出かけるだろうにと、矢野はおもった。だがここはあえて、執拗にせめるべきではないとした。まだまだつづく取調べにおいて、執拗に質問するばあいもでてくるとみたからだ。

「で、準備って?もっと具体的にだが、計画をねる時間や必要な物をそろえる手間もはいっていたのかね」

 そうだと、あごで認めた。

「素直でたすかるよ」正直な感想だった。「ドローン操作の練習を、北小岩の江戸川河川敷にしたのは、、、」

「おたく、見当はついているんだろ」したり顔でいった。優秀なデカだと、先刻承知といいたいのだ。それは、二の舞は演じないぞとの、一種の宣戦布告のつもりだった。連続殺人犯にも、たくらみがあってのことだ。

 のぞむところとばかり、矢野は破顔した。

対極のふたりの相対あいたい。ということは、第二ラウンドはもっと見ごたえのある対局となるのではないか。

それはさておこう。

矢野なればとうぜんのこと、現場にいき、観察をし、光景を記憶もしている。

「まずは堤防が、市街地である居住区域とを隔てる、いわば、たかい壁になっていた。よって河川敷内のようすだが、外部からだと遮られて、見とおせない。つまり、目撃者がすくなくてすむということだ。つぎに、電線などジャマするものがなく、練習に最適」

 じぶんが犯人でも、最適地にしたであろうとおもった。

「それにしても計画犯罪者というやつは、透明人間になりたいくらい、第三者の目撃と記憶をきらうもんだからな」

「へえ、そうなんだ。知らなかったよ」うそぶいた。

それを、矢野は無視した。「その点でも、近くには、”きらら小岩”という名のグループホームがあり、ちいさな町工場も点在している。さしひき、民家はすくなくなる。しかもいちばん寒い時期、暗いうちの午前六時半くらいから三十分弱の練習だと、もっとも気温がさがるぶん、高齢者が重篤な疾病しっぺいをひきおこす危険な時間帯でもあり、散歩しているひともすくなくなる勘定だ」

グループホームの早朝は人手がすくないぶん、居住者が外出できないよう、まして徘徊などしないよう、ことに玄関ドアはロックされている。また、午前七時前に練習をおえるのは、ちかくの河川敷公園に従事する管理者の目を避けるためだと解説してみせた。

 すると、お見事!と、喝采してみせた東。

何たる所業であろう!。矢野班の全員が痛感したのである。

多くのひとの命を奪ったのだ、この男は。その、まぎれもない事実、きびしい現実をまるで忘れたかのような態度。無慙むざん(心を斬ると書き、残酷でしかも恥じないさま)そのものである。

 ゲームでもしている感覚なのかと、矢野は無性にはらがたった、いや、憎悪のあまり、殴り、蹴りつけたくなった。

だが、表情ひとつ変えなかった。少年期、両親のむごたらしい死にざまを、瞬時とはいえ目に焼きつけてしまっていた、にもかかわらずその、無慚にすぎる経験を、のりこえてきたからだった。

 いっぽう、連続殺人犯は殴られることで、警察官による暴行事件の惹起をと、じつは煽あおったのである。転んでもただでは起きない、まさに、一筋縄ではいかない、真正のバケモノであった。

通常、逮捕された被疑者は、逮捕理由、つまりうごかぬ証拠をつきつけられると、身におぼえがあるだけに、否認や黙秘はあまりなく、大半は観念するのである。逃れられないと、あきらめるからだ。

先刻までの東のようすから、デカたちにはおなじにみえた。

矢野たちにより完全犯罪は崩壊せられ、おもいもよらぬ、突然の来訪直後の逮捕となった。まさかの急展開。すべてが「あっ!」という間だった。存在しないはずの証拠の提示をうけ、もはや茫然自失の状態に。あまりの事態、特殊部隊での訓練もかたなしで、頭が混乱してしまったのだ。

じぶんが自分でないような、経験したことのない感覚。陥穽に、はまったのである。

だから、デカの手管に自供せざるをえないにがい屈辱を、今のいままで、舐めていたのだった。

ところがだ。反転、反撃をこころみる挙にでたのである。強烈な一矢で、報復しようとかんがえたのだ。

 藍出が真むかいにいたら、真っ先に正義感が猪突し、殴る蹴るの事態となり、つまりはまんまと、東のワナに陥ったであろう。

 だがけっかは穏やかに終始した、かに見え、第二ラウンドの序盤は、じつは波乱ぶくみではじまったのである。嵐のまえの静けさに似ていた。

表むき、静穏ではあった。が、矢野の心裡には、じつはおおきな変異が生じていたからだ。

じぶんと同じく肉親を殺された身に、同情の念もなくはなかった。ただし、部下たちにもいえない心境ではあった。だがいまは、完全に消滅してしまっていたのである。

~秘密の薬~  第一部 悪法への復讐 / 第四章  犯人逮捕(31)

しかし、「なるほど、復讐するのもたいへんだな」矢野は皮肉った。「さて、今のはなしで確信がもてたよ。なぜ、一件は時限爆弾なのに、もう一方はドローンをつかったのか。同時にでないと、もう一方が警戒するだろうと」

「どちらも、場壁が特別国家機密保護法という悪法を、強行採決させたときの両院議長だったからだ!」

 すでにあたりをつけていた憶測が正着だったとしり、和田たちがいだいていたナゾがとけたと。

ひとつは、なぜ議員ではない人たちだったのか。ふたつめは、似た立場(元議長)の被害者だけに、数分ていどの誤差なら、犯人にとっての支障はないが、半時間いじょうの誤差だと、爆殺事件の報道がなされ、まだ殺されていない人間が警戒するにちがいないからだ。

「ではなぜ、どちらも時限爆弾にしなかったのかね?」

「報復とはなにか、あんたはわかっていないな」表情も口吻も、冷静そのものだった。

「ぎゃくだよ。両方ともに、ドローンで攻撃したかったんだ!ホントはね。それなら、死ぬところをカメラをとおし見れるから…。けど、それには共犯者がいなくては…ね」

 復讐を実行する人間のおそろしさに、全員の、背筋が凍えたのだった。

「ならば、元衆院議長のほうに時限爆弾をつかったのはなぜかね。どちらかというと衆議院がさきに強行採決したぶん、罪も重いだろうに」

と矢野はいったものの、元参院の議長には、個人秘書の迎えがあるとしっていた。それで時間が正確となり、確実な時間設定ができるからと、矢野はそうふんでの質問だった。そのための、東による下調べであったと。

「衆院議長のほうは、病気の妻の受診に同行するため、だったよね。にもかかわらず、女というやつは、時間にルーズだからね」元とはいえ、規律のきびしい自衛隊員からみればそうおもえるのだろう。

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