投稿者: jyuri (page 9 of 40)

~秘密の薬~  第二部 (86)

それらの際の、哲の一連の相貌が、つよく印象としてのこっていたのである。

母が子を、ことに息子を思いやる愛情が、半端であろうはずない。だから、大脳皮質に消え去らざる記憶としてのこっていたのだ。

~秘密の薬~  第二部 (85)

それにたいし、「ああ、たしかにあの男の子ならおまえのいっていること、わかる気がする」と答えたのだった。

さらに、「いい友人こそ人生の宝なのよ。だから、誠意をもってつきあいなさい」とつづけていたことも。

これには、屈託ないさわやかな笑顔が返事となった。

~秘密の薬~  第二部 (84)

それにしてもと、じぶんでも不思議におもった、刹那、なぜあの子のことを唐突に。

だが、起因ならばじつはあったのである。

ことあるごとに「あいつは優秀で、しかも信頼にたる男なんだ。もし、手に負えないことにでくわしたら、気軽に相談するといいよ」と、

まるで親兄弟のことを自慢でもするかのように話していたからだ。

~秘密の薬~  第二部 (83)

歩いたせいで血の巡りがよくなり、またほそい首筋を冷たい風が刺激したことで、それで脳が活性化したからかもしれない。
そういえばあの子はいま、社会派あるいは人権派と、まだ一部ではあったが、そう呼ばれはじめつつある弁護士となっていたのだと。

~秘密の薬~  第二部 (82)

伝うそのほほを俯きかげんにしたまま、ただとぼとぼと歩いたのだ。
どれほどの時間が経過したであろうか。
そうするうちに、おおよそ二年まえに事故死した愛息・哲の学友だった人物、なぜかその存在をふと思い出したのである。

~秘密の薬~  第二部 (81)

そんな失望と激憤にゆれる妙は、あてなく歩いていた。
ひとりになり、やがて流れでたもの。それは夫の無念を斟酌した、悔し涙だった。念願を果たせなかった申しわけなさ、その慙愧の涙であった。

~秘密の薬~  第二部 (80)

実像として、浮かんでこなかったのである。
たしかにこの時点での平静度は低かった、からなのか?それともたんなる経験不足だからか。
いずれにしろいまはまだ致しかたないことなのだが、霧のなかをさまよっているさながらの心境、でしかなかったのである。

~秘密の薬~  第二部 (79)

いまだ混乱する頭ながらに、ことここに至ったいま、懇請の拒絶という現実をうけ容れざるをえず、そのうえでの対応をせねばならないと。
そうでないと、夫の無念をはらすことなどできないからだ。
そのためにはまったく別の、しかも納得をうみだす方途をさがしだすしかないのだが。
ただ、こうおもい定めてはみたものの、しかし…だった。
概念として、方途らしきものを茫々描いてはみた。が、いざ具体となると皆無であった。

~秘密の薬~  第二部 (78)


この、玄関までのみじかい途次(みちすがら)だったが、つづけて呪いでもするかのように反論していたのだった。
「泥酔するほどに、外で飲んだことなんてない!」と、実際にくちから漏らして。

~秘密の薬~  第二部 (77)

しかしながら、人間心理というやつは複雑だ。落胆が心を支配していても、だからといってあれほどの憤怒、それがいつのまにかどこかへ消えさる、はずなかった。
どころか、おさまらない沸騰した怒り。「二度と来ないぞ!こんなとこ」とちいさく叫びつつ震える憤怒の足で、一歩また一歩と蹴みつけるようにして署をでたのである。いや正確には、でるしかなかったのだが。

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