それでも、涙はでなかった。
「いつまでも冬がつづくはずない。春は必ずくる!」と、心が声をあげたからだった。叫ぶほどのおおきさではなかったが。
その涙だが、実をいうとでなかったのではない、流さなかったのである。もし泣けば、完敗を認めたこととなる。
ならばと無理やり抑えこんだのだ、自尊心のゆえに敵の地にいるあいだだけでも。なんとしてでも。
それでも、涙はでなかった。
「いつまでも冬がつづくはずない。春は必ずくる!」と、心が声をあげたからだった。叫ぶほどのおおきさではなかったが。
その涙だが、実をいうとでなかったのではない、流さなかったのである。もし泣けば、完敗を認めたこととなる。
ならばと無理やり抑えこんだのだ、自尊心のゆえに敵の地にいるあいだだけでも。なんとしてでも。
そしてようやく、であった。
肩をおとしつつため息をゆっくりと吐きながら、おもむろに決めたのだ、仕方がない、今日のところは諦めるしかないと。
”今日のところは“とおもってはみたものの、では別の手立てを…、なんどいまの精神状態ではおもいつけるはずもなく。
それには唖然としたのだった、ただただ。だからではないが、
かれの去りゆく背をながめるでもなく、目のうちの眼球だけがうつろに追っていたのである。そこには意図などなく、したがって、ただぼんやりとだった。
で言動ゆるぎなく、しかもかれの眼にいたっては、先刻から自信にみちた強い光を発していたのである。
「納得していただけないのは残念ですが…」わずかに頭をさげると、
「これでも忙しい身ですから、このへんで失礼します」との突き放すようなことばをのこし、席を立っていったのである。
すると今度は、憤激と恨めしさ、そして悔しさで、からだが小刻みに震えだしたのだった。瞋恚(しんい)(怒りや憎しみなど)、ここに極まったのである。
しかし担当官は、意に介さなかったのだ。
ベテラン警察官の推察が耳朶どころか、脳にちかい、両耳の奥の奥にてのこっていたからであろう。
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