課長とつげたが、なるほどウソではなさそうだ、とそうおもった瞬間だった、
「退職の日の事故、これって、偶然でしょうか?」こんな大事なこと、訴えるのを忘れてしまったことを。冷静さを失っていたからか、気力をなくしてしまったからなのか?
課長とつげたが、なるほどウソではなさそうだ、とそうおもった瞬間だった、
「退職の日の事故、これって、偶然でしょうか?」こんな大事なこと、訴えるのを忘れてしまったことを。冷静さを失っていたからか、気力をなくしてしまったからなのか?
どちらであったとしても、しかし現況のじぶんには、もはやどうでもよかった。
そんな過去のことより、彦原君ならば、きっと寄り添ってくれるであろう、期待していいはず。いや正直いうと、そうであってほしい、だったが。
ともかくも、願望をよすがに足早に歩いたのである。
課長と名乗ったが、事実だろうし、ならば若さゆえに経験不足そのもののはずで。テレビドラマなどでしるかぎりだが、現場自体をほとんどしらないであろう。
だからか、頭でっかちな先刻までの口振りとなったのだと妙。
法律事務所へむかうその端緒、おもったのだった。どれほどまでかはしる由もないが、それでも期待をもてそうだと。それで平常心にもどりはじめたのである。
それにしてもあの担当官、年齢からみてキャリア(かれが警視正であれば、まちがいなくそうだ)組とおもわれる。
ちなみにしる由のない電話番号だったが、急ぎSNSで調べたのである。
おもいだしたくはない、が消え去るはずのない記憶。三年まえのかの日リビングにて。
これ以上はないほどに絶望していた最愛の夫。その、血色がなくなった素の顔、光をうしなった眸や力のない眉、などをおもいだしつつの検索であった。
ただ、じぶんが似た表情になっているとまでは、気づかないままに。
=そういえば、なんて名前だったかしら。たしか、珍しい苗字だったけど…=おもいだすのに、すこし時間がかかった。=そう、そうだった彦原、彦原君よ。まちがいない=
すぐさま気持ちを反転させると、押っ取り刀(大急ぎで駆けつける)で向かうべく、駅への道すがら、相談申込みの電話をかけんとスマフォを取りだしたのである。
たしかに憤懣と挫折感、自責、そんなカオスのような精神状態ではあったが。とはいえそれでも、はやい段階で脳裏にうかんだのだった。 賢明な人だからか。
また、自慢げの哲の眸には明朗さがくっきりと現れ、さらには煌めきまでもくわわっての。
それでそのとき妙は、友人を掛け値なしでほめる息子を、ぎゃくに好ましくおもったものだった。
そんな在りし日々の記憶が、出来(しゅったい)したのである。
それらの際の、哲の一連の相貌が、つよく印象としてのこっていたのである。
母が子を、ことに息子を思いやる愛情が、半端であろうはずない。だから、大脳皮質に消え去らざる記憶としてのこっていたのだ。
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