それでも、涙はでなかった。
「いつまでも冬がつづくはずない。春は必ずくる!」と、心が声をあげたからだった。叫ぶほどのおおきさではなかったが。
その涙だが、実をいうとでなかったのではない、流さなかったのである。もし泣けば、完敗を認めたこととなる。
ならばと無理やり抑えこんだのだ、自尊心のゆえに敵の地にいるあいだだけでも。なんとしてでも。
それでも、涙はでなかった。
「いつまでも冬がつづくはずない。春は必ずくる!」と、心が声をあげたからだった。叫ぶほどのおおきさではなかったが。
その涙だが、実をいうとでなかったのではない、流さなかったのである。もし泣けば、完敗を認めたこととなる。
ならばと無理やり抑えこんだのだ、自尊心のゆえに敵の地にいるあいだだけでも。なんとしてでも。
そしてようやく、であった。
肩をおとしつつため息をゆっくりと吐きながら、おもむろに決めたのだ、仕方がない、今日のところは諦めるしかないと。
”今日のところは“とおもってはみたものの、では別の手立てを…、なんどいまの精神状態ではおもいつけるはずもなく。
それには唖然としたのだった、ただただ。だからではないが、
かれの去りゆく背をながめるでもなく、目のうちの眼球だけがうつろに追っていたのである。そこには意図などなく、したがって、ただぼんやりとだった。
で言動ゆるぎなく、しかもかれの眼にいたっては、先刻から自信にみちた強い光を発していたのである。
「納得していただけないのは残念ですが…」わずかに頭をさげると、
「これでも忙しい身ですから、このへんで失礼します」との突き放すようなことばをのこし、席を立っていったのである。
すると今度は、憤激と恨めしさ、そして悔しさで、からだが小刻みに震えだしたのだった。瞋恚(しんい)(怒りや憎しみなど)、ここに極まったのである。
しかし担当官は、意に介さなかったのだ。
ベテラン警察官の推察が耳朶どころか、脳にちかい、両耳の奥の奥にてのこっていたからであろう。
署にきた目的、“再捜査”。これをさせずにおくものかとの意気込み。
だったが。なのにそれが瓦解した刹那だった、現まさに。
なんということ!これこそ、市民の生命財産をうばう輩からの防波堤となるべき警察が、絶対にしてはならない、門前払いをしたのである、この期に!
門前払い。まさか!こんなことが…、
ああ、そういえば、あった!過去にも、
あろうことか、ストーカー被害の相談にきた婦女子を適当にあしらった警察。
けっか、重大事件を惹起させた事例、なんどもマスコミを賑わせてきた、記憶にあたらしい不祥事の数々。
それが、よもや。じぶんにも降りかかったのだと、失望のなか実感したのである。
=あぁあ=膝からくずおれそうになったのだ、なんとか堪(こら)えはしたのだが。
万事休す。刀折れ矢尽きたるの心境が、いまこの場で立ちすくんだかのじょを覆ったのである。
「ウソでしょう!」なんということ…。 もはや、取りあげてくれる人間などいないということなのか。それを思い知らされた衝撃、計り知りようもなかった。
ちなみにじぶんが、これほどに強い態度で他人にむかっていけるとは。はじめて知ったといえるほどの意外であった。
しかしそれはそれとして、
「じぶんこそが交通課の課長です」との案に反した、まさしく想定外の答えをかえってきたのである。
しかしながら、まったくもっての無駄であった。眼をあわせることもせず、ただ手を横にふっただけ。
帰れということか。
ならばと妙。つぎなる手として、「上司に会わせてほしい」と迫ったのだった。一歩も引くつもり、さらさらなかったのである。
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