「『秀吉は血塗られてる』との、先日のおぼし召し。なれど、さほどではござらなんだ」

言葉づかいがおかしくなったのは、文豪、吉川英治の文章力の影響なのか。たんにかぶれやすい質なのだろうか。

すぐ異状に気づき修正して候。「たしかに、多くのひとの命をうばったよ。けど、戦国時代の武将やからしゃあないやん。天下をとるまでには、明智光秀とも柴田勝家とも戦わな、生きのこられへんねんさかい」

ボクは戦の場面をおもいだしながら、ほかにも殺されたり切腹させられたりしたひとがたくさんいた史実を告げた。

_けど…、まさか…_だった。母なら、戦国武将の宿命くらい理解しているとおもっていたのに、それでもそのことをあげつらって“血塗られてる”と非難するのはおかしいと、そうつづけたのである。

「…」母は、手をうごかしながら黙ってきいていた。

 返答がないので、無視されたと腹だちまぎれ、追加でいった。声は幾分、おおきくなっていたかもしれない。

「天下をねらった信長は、延暦寺で大虐殺したり浅井長政の首をさらしもんにしたやんか。血塗られてるっていうんなら、信長のほうがよっぽどやで」

疑義がさらにふくれあがったのは、黙殺されたせいでもあった。

アガサ・クリスティ創作の名探偵ポアロが“灰色の脳細胞”と称した、思考や推理などをつかさどる大脳皮質を、母への疑問符が占拠してしまったのである。

これを晴らさなければ、とてもじゃないが納得できない。「天下布武をとなえて武力で制圧していった、そんな織田信長にくらべたら…、いや比較にならんほどひとの命を大事にしてたと」

だが、ここで遮られたのだった。