ところでやつの住所を突きとめるにあたり、じつはのこる二カ所、財務省の国税局と、東京都を統括する警視庁、以外のデータ、たとえば神奈川県警や千葉県警などの情報ももっている警察庁が、それを掌握しているかもしれないと矢野はかんがえ、藤浪にそちらもあたらせていたのだった。

だが、東は運転免許証の現住所の書きかえはしていなかった。目につきやすいぶん、用心したからかもしれない。

また、国税局のデータは、陸自在籍時のもので、退職以降のはなかった。アルバイトなどでの収入はなかったと、矢野はぎゃくに類推したのである。マイナンバー制度はこのころ、小さな脱税も見のがさなくなっていたことによる。

 

あとは、動かぬ証拠である。

現在は、正確にはまだ憶測でしかない動機と、状況証拠だけでしかない。

動かぬ証拠に匹敵する自供。それをえるに、強引に、任意で引っぱってきて自白させる手法も…。

なるほど、完全犯罪に自信があるから、東は任意にはおうじるかもしれない。

だが、投了へと追いこむほどの証拠がないから、否認されたらそれでおしまいなのだ。

追いつめるどころか、警察の手のうちをさらすのみならず、別件逮捕しようにもその証拠も手にしていない警察としては、身柄の拘束も、当然ながらできようはずもない。公務執行妨害をやつに仕掛ける、なんて手、通用するともおもえない。

で、ヘタをすれば、日をおかずして、高跳びされてしまうであろう。

たしかに、目撃者もいるにはいる。が、偽名だった西を、東だといいきれるひとはひとりもいない。

裁判となったばあい、有能な弁護士なら、こんなふじゅうぶんな証言を粉砕するなど、造作もないであろう。そうなったら一事不再理で、無罪が確定してしまう。

だからこそ矢野は、なんとしても物的証拠を入手したいと。

その手段として短慮にも、家宅捜索をしたとしよう。

ライフル銃以下、弾丸やのこりの爆発物、変装用グッズ等々、そんな証拠品が、でてくるはずもない。

処分しているにちがいないと当然かんがえた。じぶんならばそうするからだ。

と、ここで爆発物という言辞から、それを製造する東のすがたが、映像となって閃いたのである。テレビドラマやハリウッド映画でみた、そんな映像が閃きのベースになっていた。

東を追いつめる、ひとつの材料になればとねがった。というのも、製造の時期は冬だったはずだし、だとすればそんな些細が、じぶんたちに味方するのではとおもえる閃きだったのだ。もし春や秋なら、証拠の回収はまずムリだろうと。

だとして、なるほど、証拠にはなりうるだろうと、そうはかんがえた。だが、有罪を勝ちとるには、それでもまだふじゅうぶんなのだ。爆発物を製造したとは認定されても、それを使った証拠にはならないからだ。

いや待てよ、あわてるなと自戒した。自宅で爆発物を製造したとはかぎらないと気づいたのだ。

爆発物製造の熟練者、東の立場ならば…ミスによる誤爆は想定していないであろう。でもって安心して製造できる場所、つまり拠所を、たとえばちいさな爆音でうしなう、なんて失敗をするはずないとはおもっていたはずだ。

しかしながら怪しげなものだけに、製造するには、だれも来ない密閉されたへやが必要だった。問題は、それをどう確保するか、だが。

で、そこが自宅以外となると、材料や機材を購入したホームセンターなどからはこびこみ、できた爆発物を安全に保管し、不要となった材料などをこんどは撤去しなければならず、その間において、以前はみかけなかった人間(このばあい東自身)の出入りが頻繁であれば、近隣から目撃される危険性にぶつかる。

ところで、あやしまれるのを、ほとんどの犯罪者はきらうのだ。

しかもである、そのスペースを借りるのに、よぶんな費用もかかる。東に、それだけの資金があっただろうか。陸自における給与から計算すると、最大限にみつもって年百万円強の貯蓄をしていたとして、それでもせいぜい七・八百万。

で退職後、場壁の尾行など標的への接近方法の模索、殺害法の綿密な立案と実施のくりかえし、必需品の購入ふくむ爆発物の製造全般、単独犯だけに、とてもとても仕事をしている時間などなかったはず。だから、収入はゼロ。

その間約半年の衣食住の生活費や活動費、免許証の偽造などをふくむ機材費や材料費などの諸々を考慮すると、住居以外で、秘密をたもてる空間の確保は、出費の面で、むずかしかったのではないかとふんだのだ。

緻密な計画をねった犯人ならば、つぎの就職先が見つかるまでの生活費のことも、とうぜん思慮したにちがいない。スッカンピンになる愚は、おそらく避けたいはずだ。

となると、別口の家賃をはらわないですます、そっちを選択しただろうと。共済年金の件での憶測からして、いわゆる倹約家のすがたも考慮にいれた、それがとりあえずの帰結である。