さて、矢野が頭のなかでえがく包囲網だが、いまのところ狭まりつつあった。

しかしながら、油断は大敵である。四方八方どころか、上下にまでも包囲網をもうけ、ぬかることなく細心の注意をもってのぞまねば、大魚をとり逃がすことになると。

大胆さもあわせもつ東は、並大抵ではない知能犯だからだ。

矢野たちがめざすところ、それはやつをたんなる被疑者として拘置することでは、もちろんない。被告人として出廷させ、裁判で有罪との審判をくだしてもらうことである。

しかしだ、それを可能にするだけの証拠が、いまだにまだない!のだった。

警察官は、“犯人当てゲーム”のように、「こいつが犯人だ」と指で指ししめせばそれですむ世界に棲息しているわけではない。デカの職責の大半は、証拠の確保である。

そこでだ、刑事として証拠を確保するにおいて、犯行の手口など、そこにつけいるスキはないだろうかと熟考した。

東が陸自に入隊し、特殊部隊に配置されるようがんばったのは、父親を殺した悪法に、そしてそれを無理やり施行させたやつらに、報復するためだった。

やつの口から発せられるまでは、たしかに推測にすぎないが。

そんな、人生をかけた復讐完遂のために綿密にねられた、連続殺害計画だったのである。

それでも矢野はおもう。緻密な犯行といえどもあるであろう、見えぬほころび。

それをいかにして見つけ、さらに光がとどくよう、どうこじ開けるか?でもって、東が観念せざるとえないほどに完璧な証拠を、どうやって手にいれるか?を

ひとつだけ、一見よさそうな案が、あるにはある。

たとえば目撃者に、コンピュータに取りこんだ東の写真をみせ、それにホクロをつけ出っ歯にして、偽名西ではないかとたずねてみたとする。と、首肯するであろう。

しかしだからといって、東が変装した偽名西、とは断定できない、ということだ。

さらに、任意での事情聴取時に録音しておいた東の声を目撃者に聞かせる手もあるが、こちらも、同一人物だとの証明にはならない。時間的にみて、三カ月ちかくまえと経過しすぎており、客観的にみて、記憶に疑問符がつく、となろう。

くわえて、似た人物にすぎない!と反論されれば、所詮、それまでなのだ。

また、特殊工作員だったであろうやつを、別件で逮捕したうえで、取調べと称し、かりにきびしく責めたてたとしてもだ、訓練のたまものというやつで、ゲロはしないであろう。

西と東の指紋が一致をすれば、これは、確実な証拠だといえる。だが、西と名乗ったおとこは、指紋をのこすドジをしていない。だから、指紋照合ができないのである。

いい線までは追いこめたとしても、結局、ほころびを見いだせたとはいえないのだ。