ところで、以下の1⃣・2⃣・3⃣こそが、三度目の実験の主たるテーマであった。
1⃣ 最大の眼目は当然、生きたまま帰ってこられるか、である。だけでなく、ワームホール通過が生命そのものにどんな影響を及ぼすか?死なないまでも染色体等に異常をきたすことはないか?あるいは動物が凶暴性をおびる事態の有無などの実験もあわせもたせたのだ。
 とはいえ、実験結果を確認するためには、三回目発射(2089年)以降で、しかもせいぜい誤差五年程度の地上に帰還させるにかぎる。
 そんな都合のいいワームホールを見つけだす理論を構築したのが、当時まだ二十四歳だった彦原であった。2088年初秋のことである。
2⃣ テーマ1⃣の実験機とは別に、通過直後のワームホール出口あたりのB宇宙域を旋回させつつ、同ワームホールが消滅する前に再度、同出口から潜行させ、突入前と同時空である元のA宇宙域に戻ってこられるかを調べるというくり返しの実験もした。こちら2⃣は、2087年の二度目の実験と同様、みごとに成功したのである。
3⃣残ったほうの1⃣の機はB宇宙域にポツンと置いてけぼりされながらも、ワームホールが出現するたび、宇宙座標位置とそれの現存時間をデータ化していた。なんと健気ではないか。
 その間、百三十九個現出したワームホールだが、現存平均時間は三十一分二十八秒十九だった。世界が大注目したこの革命的実験だが、すべてにおいて最高の結果を得たのである。
2092年の桜の花が舞い散るころに帰還した動植物は、ワームホール通過を二度も経験したにもかかわらず生存し続けた。さらに、そのすべてを地上で交配させたのだが、次世代たちも問題なく種を繁殖させていった。突然変異や奇形もまったく現れなかったのである。
その後、それぞれちがう宇宙域で各二度の実験航行をし、生存実験とワームホール現存時間の計測がなされた。1⃣とほぼ同様の結果だった。生物実験のほうもつつがなく成功した。ワームホールのむこう側の宇宙域にちがいはあっても、生命体に異常はでないという期待どおりの結果を得られたのである。
 欧州宇宙機関ESAとインドも各一度ずつワームホール発生から消滅までの時間計測等の実験をし、誤差一秒以下という結果をえていた。
 ときにUFOだが、このワームホールを利用して遥かなる銀河系の惑星や自分たちの基地からやって来るのだ。これが近年の、当たり前すぎる定説である。
 さて、話を彦原の幼少期にもどそう。
 2069年において、まだ健常で働きながら育児もしていた母親が、彦原五歳の誕生日プレゼントとして、宇宙のバーチャル映像を見せたのだが、そのとき幼児は=¬=ワームホールを使(つこ)たら、過去の地球にタイムトラベルできるはずや=¬=と気づいた。《栴檀は双葉より芳し=大成する者は、幼児期から他を圧している》。天才の天才たるゆえんだが、五歳児はこれを機に、やがてタイムトラベルに心血を注ぐこととなる。
 しかしいくら天才とはいえ、しょせんは子ども。そういう学説が約八十年前すでにあったということなど知る由もなかった。幼稚園児の茂樹からすれば、まったくもってオリジナルな発想、だったのである。
 それはともかく、既存の事実として、二十世紀後半の時点で、“タイムトラベルは可能”との学説はあった。なかでも、1988年にカリフォルニア工科大のキップ・ソーン博士の唱えた説がとくに有名だ。
 だがこのときは残念ながら、“ワームホール”自体がまだ理論上の存在でしかなかった。存在が証明されるまでは、《絵に描いた餅》だったのだ。
 2066年に無人探査機サーチ6号が送信した映像が、宇宙開発の未来をあらたに開いたのだった。

 ところで、仮想敵国である中国やロシアとの軍拡競争に歯止めがかからず、軍事費を年々増大させた結果、2070年ごろから米国政府の累積赤字はしだいに増加の一途をたどっていった。
 また2084年には、共和・民主の二大政党に依(よ)らない政権が誕生していた。第十四代大統領(民主党政権)以降、約二百三十一年ぶりの政権は、赤字削減策の目玉としてNASAの運営をまず縮小させたのだった。
 NASAにかわって、宇宙開発事業に本格参入したのは、いかにも米国らしい、巨大コングロマリットであった。莫大な利益をみこめる一大PJTとして。
 米政府はというと、そこから税金を徴収すればいいと、うまく考えたのだ。いわば、放蕩息子を勘当し、働きものを甘言で手なずけて仕送りをさせる、…まさに妙手である。
 ちなみに、米政府が宇宙開発に力点をおかなくなったのには、もうひとつ理由があった。
 エネルギーを各国間で奪いあう必要性が、すでに無くなっていたのだ。風力は二千メートルの上空で、太陽光は地上二万メートルで、それを受けてエネルギーに効率よく変換できるようになっただけでなく、二酸化炭素を炭素と酸素に安価で分離化させるという最高のエコエネルギーまでもついに実用化させたからだ。
 つまり、前時代的エネルギー源のウランを宇宙に求めなくてもよくなったということだ。
 …で、ワームホールからの帰還実験の成功が、宇宙開発に対するNASA撤退の花道となったのである。(ただし、軍事関連の開発はトップシークレットで進めていた)
 一方、日本政府がJAXAに、大幅に予算をつけたのは十年ほど前からだった。X社に対しても、補助金を提供しだしていた。宇宙航法の時空間短縮で成果をあげ始めた彦原への投資が国益につながると、官邸が判断したことによる。
 略説すると、金やレアメタルなどはむろんのこと、地球にはもともと存在しない天然資源を無尽蔵に有する太陽系外の惑星、まさに宝庫といえるそんな惑星から効率的に運輸する最先端技術こそ不可欠と、日本政府はふんだからだ。
 ただ、官邸の当初の目論見と彦原のめざすものとが乖離して数年、しかし、巨大な外貨獲得も国益になるとふんだ政府は、補助金を提供しつづけたのだった。
 天然資源の採掘や運輸ていどなら、正確無比や経費軽減が絶対条件であったとしても、彦原でなくても可能な事業と判断し、それで政府は、彦原が提案していたPJTにのったのである。