而(しこう)してこの終日、秀長はじつに冷静かつ忍耐づよく、ことにあたっていた。

しかし、かれが非情だったからでは、決してない。肉親ならではの情が発する悲嘆や苦衷、いかんともしがたい無念を、胸奥にムリに押しこめていただけであった。

ありうべからざる波乱は天のいたずらであろうか、いな、そんなことをかんがえる暇(いとま)もなかった。最良とおもえる善後策をひねり出すべく、ひたすら没頭していたまでである。

唐突に、羽柴家の命運を一身にてになう立場となったため、じぶんをおし殺していたにすぎなかったのだ。

しかしやがてのこと、激情が雷雲のごとく現れるのである。

主の野望をかなえるために、無理やり抑えこんでいた肉親としての情愛が、けっしておおきくはない身体のなかを奔流のごとくに暴れだし、しかも払暁まで、おさまることはなかった。

内外の難事を万事とり仕切りおえ、ほのかな灯(ともしび)がかすかにゆれる薄明かりにたたずむなか、たった独りになったとき、羽柴家でいちばん強固な支柱としての、また秀吉の名代としての羽柴秀長から、ようやくひとりの人間、はだかの小一郎に、戻ることができたのだった。

兄という存在、それをはるかにこえた頂きであった秀吉の面影を知らずしらず思いうかべつつ、涙にくれる、どころではなく、気がふれたかのように野辺を、こぶしが痛くなるのも感じずにたたきつづけ、身悶えしながらただただ号泣したのであった、弟、素の小一郎として…。

 いや、それでは正確でない。じつは、縁のうすかった父親に成りかわる存在、つまりは敬愛する家長とひたすら慕いつつ。