むろん、指し手(この場合は追いつめる手法)をまちがわないこと。それに尽きるとして、矢野の方針自体はゆるがない。
「なあ、正直にいえよ、さきほどの報告だが、ほんとうはものすごく気になっているんだろ」ニヤリ笑った。
その唇を東は、無言のままキッとにらみつけた。しかも眸は、「うるさい!」とどなったのである。
しかしバカな若造ではなかった、直後におもい直したのだ。なにかにつけ突っつくのが、このデカのやり口だったと。で、メデューサ(ギリシャ神話に登場する、見たひとを石に変えてしまう怪物)を目視もくししてはだめだ、そう無視しようと、まずは目をつむったのだった。できれば、耳もふさぎたいくらいだったが。
だがもういっぽうの本心は、知りたいにきまっていた、じぶんに不利になりそうで、…恐ろしかったが。しかし知らなければ、こちらとして、手の打ちようもない。単なるこわいもの見たさ、ではなかった。
そんな東の心のうごきを、掌中のできごと(まるで手にとるよう)と満足しつつ、つづけて、「そりゃ、気がもめるよなあ。じゃあしかたがない、教えるとするか」とはいってみたものの、故意に、ここで口をつぐんだのである、焦らし、イラだたせるために。
そんなイヤがらせにも、東は瞑目しつつ辛抱しているようす。
ややあっての矢野、鷹揚な口ぶりで「ライフルを買ったという証拠、見つけた」と今度はしかし、いきなりのかましとハッタリを。「…としたら、なんて話し、おまえ」ここで身をのり出した。「どうおもう?」いやはや、関西弁でいうところの、おちょくりだったのだ。
しかしながら、警部の眸の奥はまったく、わらっていなかった。
「おやおや、またもだんまりですか。まあ、いいか」いうなり、一つおおきく呼吸をした。「さ~てと、いずれにしろ、最後にものをいうのは、証拠だよな。ところで暴力団員なんてやから、…おまえもわかるだろ。完全なる証拠隠滅なんてマネ、できるかどうか」
肝心の、「証拠、みつけた」の件くだりを、のらりくらり世間話さながら、ハッキリさせないやり口でつづけた。そのじつ少しずつだが、エアーの真綿で、東の首をしめつけていたのである。
そのせいで、息苦しさをかんじつつあるのだが、なんとか耐えている東。とはいうものの、やはりデカの言動がきになり、つい目をあけた。
それにしても、先刻とは別人のようだ。
なんの異見も反論も口にせず、ただ、おとなしく無表情のままであった。思惑をひめつつ反撃の一手を模索中だからなのか。だとしたら、部隊でうけた訓練のたまものである。
あるいはまさかだが、証拠云々ときかされ、不本意だが、連続殺人を認めざるをえない無条件降伏を、それでも口にだけはしたくないとの意思表示か。
しかし、矢野がそれを忖度したところではじまらない。もはや、賽はなげられたのだ。
「むろん、おまえはマヌケではない」とひとこと。だがすぐには続けない。首をひねり、肩をほぐしたのである。しかし鋭い視線は、東をとらえて離さなかった。そのうえで小出しにするのも、ようすを窺いたいからだ。
「出どころは、使いっぱしりのチンピラ、だよ」とつぶやき、ついで笑いとばした。もちろん、可笑しいからではない。
得意の心理戦にもちこもむなかで、“すべてわかっているんだぞ”と、精神的優位をみせつけたかったのだ。
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