この東の言動に矢野は、「えっ!」という表情をみせたのだ、がじつは、ひっかけの一環だった。直後、マジックミラーのむこうの藤川に、予定変更のサインをだしたのである。

それに気づくはずのない東。「それはそうと、いかなるデータも、一連の証拠品とともにとっくに処理・処分していたとしたら、あんたら、どうする気」と、いかにも楽しそうに破顔したのである。

「処分していたということは、その存在をみとめた、つまりおまえの自供ととらえてもいいのかな」和田がここぞとばかりに、東を弄いじった、平常心をうばうために。もっといえば、怒らせるためにだ。それと、さきほどへのお返しもかねていた。

「すこしは賢いのかなとおもったけれど、サルよりはまし程度か。ガッカリしたよ」矢野も間髪いれず、鼻で嗤ってみせた。

「自供なわけないだろ!仮のはなしとして、おまえたちをからかったまでだ。当たりまえだろうが!そんなことより、弁護士はまだかっ」怒りをもてあましている感さえあった。

たしかに、時間がかかりすぎのきらいはある。忙しいのかもしれないが、あるいは、無罪を勝ちとるのはムリと計算し、いやがっているのかもしれない。

ちかごろの法律事務所のなかには、報酬のおおい民事には心血をそそぐが、刑事事件には手をぬく、などというのもすくなくないと聞く。

それはそれとして、二者からどうじに徹底的な愚弄をされたこと、また“かたるに落ちる”ではないが、調子にのりすぎ、つい口をすべらせた感のじぶんにも腹がたち、刹那、目尻が吊りあがったのである。

頭は切れるが、神経も切れやすい質らしい。特殊部隊で訓練をうけた身、とはいえ長時間の孤軍奮闘による疲労感もあったであろう、それと、世間的にはまだ若造である。だから瞬時、じぶんをコントロールできなかったわけだが、無理からぬことともいえた。

「そういえば、弁護士がくるまでは一言も口をきかないはずだったよね。キミはいうことがコロコロかわるんだ。それではひとから信用されないだろうから、友達、いないよね」弄もてあそぶって、こういうことなのだろう。

「……」憤然とし、天敵にでくわした貝のように、またもや口を閉ざしたのである。

「都合がわるくなると、だんまりですか。あんた、バカのひとつ覚えだね。じゃあ、勝手にかたらせてもらうね」東のはらわたが煮えくりかえっているのを、ほくそ笑みながらつづけた。

「消したつもりだろうが。まあ、復元なら、最終兵器の“米沢守”がいるからな」と。テレビドラマ”相棒”の天才的鑑識員をもじってのことのようだ。むろん、個人名は架空である。