もうすこしですからと軽く頭をさげ、
「心理学の女性研究者が、被験者(陸軍の兵士51名)におねがいしたその試験の実体を、論文としてのこしています。人数がすくないのは否めませんが」
でもってようやく、伝えたかったその結論をのべるにいたったのである。
もうすこしですからと軽く頭をさげ、
「心理学の女性研究者が、被験者(陸軍の兵士51名)におねがいしたその試験の実体を、論文としてのこしています。人数がすくないのは否めませんが」
でもってようやく、伝えたかったその結論をのべるにいたったのである。
しかしながら意味はあるはずと、概説をおこたりはしなかったのである。まじめな実験だったと理解してもらいたかったからだ。
さらに十数年前のことだったと縷々。その内容についてもつづけながら、すこしく冗長な説明になっているかなとはおもった。六法全書の、いわゆる評判のわるい悪文が身についたせいだろうか。ならばすこしく恥ずかしと、ちいさく自責した。
ややあって額を指のはらで数回ノックしたのだが、それは意識的に、記憶をつかさどる前頭葉を刺激するためであった、ようにみえた。
そんな依頼人のようすから察しつつ、
「アメリカにある州立のモンクレア大学が“記憶”にかんし、興味ぶかい実験を実施」とまずは弁護士。
妻であるじぶんにもいえない社の極秘事をかかえていたことをまず。
「それは霞が関の、エリート官僚からの要請による新薬開発でした。ただ残念なことに、どんな新薬かまでは…」
と申し訳なさそうに瞑目し、そのあと首をかしげながら小さく「ううん」とうなった。
涙をハンカチで拭いながら、かすかな笑みを恥ずかしげの表情にまじえ、みせたのだった、ようやくというべきか。
先刻までは激情が先行したため伝えきれていなかった情報、だけではなく弁護士にある意味誘導されたことで、いままでに蓄積していた憶測や仮定をもふくめ、語りだしたのである。
寡婦の、悲嘆や憤怒だけでなく、これからの不安にゆらいでいる眸を見すえつつ、かれはこうのべたのだった。」
それにしても、悲しみの再会となってしまった。
そんな、旧友の母の怒りや苦悶に同情しつつ、ではあったが、依頼人の憤慨を鎮めるべく、一言一句えらびながらつづけたのである。
「奥様の主張には、ご家族ならではの当然の理があると。ですから、徹底的に調べさせていただきます。そのためにも、ご主人にかんし情報がほかにあれば、どんな小さなことでものこらず全てをどうか」 た。及ばずながら、引きうけさせていただきます」
それにしても、悲しみの再会となってしまった。
「わかりました。及ばずながら、引きうけさせていただきます」
それにしても、悲しみの再会となってしまった。
とそこへ事務をしていた女性が、「この子の母です。申しますに、なんどもお世話になったと先刻。それで、できる限りのことをさせていただくとそう」といいつつ、インスタントコーヒーをテーブルにおいた。
そして、自席へさりげなく戻っていったのだった。
その母信子を、弁護士はやさしい眼で追っていた。
ついでかれは、慨嘆ののちに嗚咽しはじめた依頼人の、そんな心情を忖度したのである。人生の伴侶を喪った真情からでた、真実の叫びとかんじたがゆえに。
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