「結構です、審判がくだるまでは推定無罪でもあり、あなたの権利でもありますから」そして、しっている弁護士はいますかと、横からくちをはさんだ。

 さっそく東は、ある法律事務所へ電話をかけた。慎重居士のせいかくから、最悪こんな場面を想定し、そのときのために刑事事件専門の弁護士をチョイスしておいたのだった。

「さすがだな。四万三千人余の警視庁をむこうにまわし、犯人像さえうかびあがらせなかったほどの知能犯だけのことはある。これはまあ僕の勝手なみたてだが、弁護士と協議をしたけっか、許容範囲の窃盗罪は物証があるからとあっさりみとめ、いっぽう、連続殺人のほうはシラをきる。で、別件逮捕は不当だと弁護士に苦情、いや異議を申し立てさせる。ついで、最悪の嫌疑については証拠不充分で不起訴となるべく、最良の手をうたせようと。どうだ、図星だろう」矢野警部として、東がこうでてくるくらいは予測していたのである。

「……」すでに、ぷいと横を向いてしまっている。完全黙秘を無言で主張しているのだ。じぶんの思惑をズバリ、見透かされたからでもあった。

「なるほど、常套手段をつかうと。そういうことなら、弁護士がくるまでのあいだ、僕がはなしをしましょう。だまって聞いていればいい。どうせなにもできないんだし」矢野がバトンを受けつぐことにしたのである。

「……」目のまえで担当官が交代したにもかかわらず、東は眼をくれようともしない。

 そんなようすを、藤浪以下のこりの矢野係の面々は、マジックミラー越しに、“文字どおり“見学していたのである。

さて、口だけは達者なバカ田君、東が弁護士云々と口にした瞬間、じぶんたちには無意味なやりとりになったと感じ、潮時とみて質問した。「なんで、第三の事件、すなわち、おんな代議士が射殺された現場の訊きこみを、うえ(上層部)はどうして命じなかったのですか」

とわれた藤浪は「犯人にとってチャンスは一回かぎりで、失敗すれば警戒されるだろうし、再チャレンジは不可能となるでしょう。だから万全を期すため、あらかじめ、なんどか下見をしたはずだと。ならば、それを目撃されていることも充分にある。なのに目撃者捜しをしようとしない。たしかにそこが、ボクにも不思議でした」

「でしょう」には、藤川もうなずいた。

「そこで再考しました。ほんとうに頭のいい犯人が、目撃されるようなヘマをするだろうかと。で、ボクが犯人だったらどんな手をつかうべきか?」

 岡田たちは、ただ首をかしげた。

「そうだ!という三パターンを、おもいつきました。ほかにもあるかもしれませんが」

 みると、名探偵ホームズの謎解きを拝聴するワトスンたちが、そこにたっていた。

気を良くすると、「まずはグーグルマップを利用する」とズバリいった。

そう聞いて、藤川はひそかにじぶんを恥じた、得意分野のパソコンをつかうグーグルマップの活用に気づかなかったことにだ。

「または、ひとが寝静まった深夜、すこし離れたマンションの上層部から、赤外線双眼鏡で観察する。あるいは深夜、例のドローンをつかって、飛行音がきこえないくらいの上空から撮影した、とまあこんなもんでどうでしょうか」警部もここらへんを質問するはずと、つけくわえたのだった。

しかし藤浪といえども、矢野と星野が副総監を説き、原部長に、訊きこみをおもいとどまらせたことまでは、想像すらできなかった。もうひとつの爆殺事件の目撃者さがしに、捜査員を集中させるほうが効果的だと、謀ってナンバー2に言わしめたのだ。

でそのけっかだが、一同ただただ切歯した。漠然としたギモンを引きずったまま、いかんともしがたいとついに、担当した捜査員全員が犯人に白旗をあげてしまったのである。

“透明人間なんだろうか?“犯人とおぼしき姿をひともカメラも、ついに捉えることができなかったからだ。

ちなみに、被害者村川浩二邸は、セキュリティ会社と契約していた。

とうぜん捜査において、設置カメラの映像の検知も近隣への訊きこみも、徹底したことはいうまでもない。でもって結論をいうと、被害にあった高級車に近づいた不審者などいなかったと断定されたのである。

いっぽう、運転手兼私設秘書のほうはというと、六十代後半で独身者。古いワンルームマンションに住んでいた。かなりひとづかいが荒い雇い主だったが、年が年だけにかれは、辛抱して働くしかなかった。

訊きこみにより、格差のひどさから一瞬、腹いせの無理心中との意見も捜査員からでた。だが、爆薬の成分一致により、説は消えた。

で肝心のクルマだが、運転手宅ちかくの賃貸型シャッターガレージ内に深夜から朝にかけ、保管されていた。近隣はしずかな住宅街で、午前零時をすぎると、人影をみることはほとんどない。さらには、同駐車場半径200メートルに監視カメラもコンビニもなかった。

さらにわるいことに、シャッター駐車場であるがゆえに、なかに入ってしまえば、あとは少々物音をたてても、不審がられることもない。タイマーつき爆発物をつけるのに、問題は生じなかったであろう。

また捜査員がしたように、東も、撤して下調べしたはず。で、村川の身辺調査のけっか、被害者の毎日の行動が画一的だったことで、爆破時間設定にまようことはなかったであろうと。

くわえて、クルマにつけた盗難防止用センサーが鳴動しなかったわけだが、特殊部隊あがりの東なら、簡単に解除できたにちがいないと。