2018年製、メガネ不要の3D8Kテレビの画面上に突然、“ニュース速報”というテロップがうかびあがった。その右隅には、むかしからテレビ画面にそなわっている機能として2022-12-15(日)0:26の文字が無機質に。
ところで、“ニュース速報”とのテロップに毎度のこととなれ、漠然とみていた世人は、――ああ、またなにか事件でもおきたのかなあ――あるいはせいぜい、地震かなぁ、だとしても、日本各地でよくおきる震度4以下ならさして問題はない、津波発生の可能性は極少で人的被害もほとんどないだろうからとそのていど、さしたる関心もしめさなかったのである。
しかしながらさにあらず、だった。
日本政治史上前代未聞のできごととして、および世界の犯罪史上においても未曾有の連続殺人事件へと展開し、日本のみならず世界をも震撼させるその序章でしかなかったと、やがてしることとなるのである。
だが、さき走るまい。
それよりも、まずはニュース速報の内容だ。
=場壁(ばかべ)光男元首相が狙撃され病院に救急搬送さる。生死は不明=
まさかの、まさに想定外の事件がおきたことをしった矢野真弓三十歳は明眸(澄んだ瞳、から美人のたとえ)をくもらせつつ、寝室でねむる夫三十七歳の伸縮型スマフォが、いまごろは着メロ(交響曲第九番合唱つき)をはっしているだろうとおもった。あるいは、緊急出動の指示をすでにうけているかもしれないとも。
押っ取り刀(急ぐこと)で隣室にいくと、出勤の準備にさっそく取りかかったのである。
ちなみに被害者…場壁光男が総理大臣として辣腕をふるったのは、2012年秋から2014年末までの二年強であった。その間に、物議をかもした法案をふくむ多数のあたらしい法律が可決成立し、それらの多くにたいし、野党とマスコミは弱者切りすてや戦前回帰と声高にさけんだのである。
戦前回帰とされた立法にかんしては、中韓のみならずEUや米国などの海外からも右傾化を危惧する論調が多数よせられ、そのつど、日本中を席巻したのだった。
ただし、ASEAN諸国はむしろ好意的であった。二十年来の中国の海洋進出に脅威を懐いている国々は、信頼できるのは日本だけとたよっていたからであろう。
それはともかく、こんな余談にかまけている余裕など、緊急出動前のこの夫婦にはなかったのである。
六日分の下着や靴下、カッターシャツなどをなれた手つきでカバンにつめている愛妻のもとへ、トイレからでてきた、三十路のころの風間トオルににた秀麗な夫一彦がミニミニロボット型歯ブラシを口にふくみながらやってきた。
そのかれは、NHKの画面を映しだすメガネタイプのウエアラブルコンピュータ(腕時計や帽子のように装着しつつ使用できるコンピュータ)をかけていた、眉目に寸毫(すんごう)の動揺もみせずに。
矢野一彦、警視庁捜査第一課第二強行犯捜査第三係の警部に昇進してはや四年、警視庁刑事部所属のなかで敏腕度№1の最優秀なデカであるかれは、初動段階での捜査をすみやかにすすめるための情報をえようと、すでに天職の面構えになっていたのである。
かれは零時二十八分、星野管理官からの電話をうけながらパジャマを脱ぎすて、靴下を着装しズボンにはきかえた時点で洗面所にむかったのだった。
そこでロボットに命じ、部下の和田警部補に連絡をいれさせた。
ほかの部下には、本部から一斉送信によりすでに連絡がはいっているはず。矢野が和田にもとめたのは、本部からのメールを掌握させることであった。
いっぽう、準備をおえた真弓も、一彦のもとにむかった。
顔をタオルでふく夫のうしろにたった真弓は、ロボットにトーストとカフェオレをつくるようすでに命じており、カッターシャツとネクタイ、上着・ダウンのコートをそのつどわたすべく、両手にかかえていたのである。
その足元でまつ着がえのつまったカバン、一彦がはこんだのだが、かすかに醸しだすふたりのラブラブぶりをじっと見あげていた。
ちなみに事件発生から二十分弱のこの時間帯、一日三交代制でパトロールしつつ、凶悪犯罪の現場に急行できる体制をとっている特別機動捜査隊が、すでに現場確保や初動捜査などにあたっていた。
交通部も、不審車両などの検問をはじめたのである。
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