かれの妻がそばにいたにもかかわらず、だ。むろん、心をゆるしているから洩らしたのだろう。

さらなる忖度のついでだ。穿ってのはなしだが、生きる気力をうしなうような苦衷をだれかに聞いてもらいたかったからではないかと。

相手がほかならぬ愛妻であって、なにか不都合があるだろうかと、後日の夫は。

そんな底のない苦衷だったとして、それにより、

悪魔に脅されてでもいるかのように恐怖にひきつった顔が、隣家どうしで幼いころから愛をはぐくんできたその妻の眸の奥に、焼きついたのである。

つづけて夫は、日本国とほとんどの国民には利をもたらすという一面はたしかにあると。

しかしながらそのためには誰人にも、しかもこんな要請のほんの一部でも知られてはならない、秘事中の秘事なのだとポツリ、独り言のように。

国家的緘口(かんこう)結舌、スーパートップシークレットという意味で。

にもかかわらず違法性の高さのゆえ、胸に収めきれなかったのだろう、ついつぶやいてしまったのである。

アリの一穴の正体、実はこれであった。