さて、検証ものこりわずか。

でもっての、中国統一をなし遂げた秦の始皇帝。

かれにまつわる暗殺失敗の史実も今日までつたわっている。かれは天下統一のまえ、敵国を攻むるに殲滅するがごとく殺戮に徹し、けっして容赦しなかったのだった。それを最善の方途としんじたのは生来の、苛烈な性格のせいだろう。

この独裁者がなした焚書(その功罪に賛否両論あり。罪は論ずるまでもないほどに数多。ただし、かの文豪魯迅は進歩的行為と評した)は、これをおく。問題となるのは、その対となる坑儒を命令したことだ。

坑儒とは、冤罪の儒学者四百六十人を、かれの激情から生き埋めにした、虐殺事件のことである。それらのゆえか、司馬遷は“史記”の中で、「恩愛の情に欠け、虎狼のように残忍な性格のもち主」としるした。

信長といい、天下統一には冷厳な人格が必要悪なのだろうか?両者ともが無慈悲に徹し、武力で国を制圧していった。そのさい、残忍な性格のままに旧体制・旧権威の打破を完遂しようとしたのだ。

また、独裁者の代名詞ともいえるユリウス・カエサルは、政敵ポンペイウスと戦場にて雌雄を決しこれをしりぞけ(ポンペイウスは逃亡の地エジプトで、エジプト軍によって殺害された)、元老院派を武力で制圧したのち終身独裁官に就任した。

やがてかれにむけられた“非道”との謗りはしょせん、権力闘争の敵方がかれを刺殺後にじぶんたちを正当化するためにつけた烙印にすぎない。かれにかんする記述を読んで、当時のボクはそんな印象をうけた。ゆえに、秀吉転変の参照とはならなかった。

いっぽう、近代の独裁者たち。カエサルからみて約二千年後の以下の二人が、異論をさしはさむ余地なく、その代表であろう。ありえざるほどに突出する、大殺戮をなしたからだ。

ひとりは、いわずと知れたヒトラーである。

この悪魔が手をくだした“長いナイフの夜”(三日間つづいた突撃隊への弾圧)とよばれる非合法的殺戮は、1933年一月三十日、首相に選出されてすぐに成立させた悪法、全権委任法があっての粛清だった。

ところでこの殺戮だが、死体の数からはすくなくとも116人分、との一方で、1000人を超えていたとする証言ものこっている。いずれにしろだが、ほんの七十年前にもかかわらずの大量殺人である。

第一次世界大戦(1914年7月28日勃発)における凄絶すぎた悲惨(犠牲となった死者数、推定1600万人以上)を経験し、人命や人権に、かぎりなき尊さを見いだしたはずの二十世紀にだ。

国際連盟という、画期的世界機関をも創設した人類の英知。

にもかかわらず、ひとの命が異常に軽かった中世以前だけでなく、この二十一世紀の現代世界においてもなお、内戦や無差別テロが、まごうことなく頻発しているではないか!

極端かもしれないが、第三次世界大戦がおこらないと、核抑止論をたてにしたとしても、否定しきれるであろうか…。

かなしいかな、すくなくとも歴史が証明している、二十世紀なんてまだまだ…懲りていないと。

たった二十五年後の1939年9月3日勃発(独がポーランド侵攻を契機に英が宣戦布告)の第二次世界大戦では、全世界で、関連の餓死者などをふくむ死者が5000万人とも8000万人とも。

人間とはなんと救いがたく、愚かな動物であることか!

さておく。いまは全権委任法について、である。

悪法と断ずるのは、ナチ党なかんずくヒトラーに白紙委任状を差しだすというしろものだったからだ。こちらも、歴史が生き証人である。

ただしこの時点ではまだ、のちに“総統”とよばれる絶対的権力者の地位にはついていない。

で、このすこし前、世界に冠たる民主的憲法(ワイマール憲法)、…悪法によりたしかに、ほぼ形骸化させられたが、しかしそれだけでなく、この憲法のもと、得票率で過半数獲得により選出された二期目のヒンデンブルク大統領(八十四歳六か月と高齢だった)、かれが、ヒトラーの首相就任に難色を示しつづけるなど、なおも、重しとして存在していたのだ。

また、“ほぼ”としたのは、総統ヒトラーの絶頂期にあっても、それでも憲法の遵守をさけび、ナチ党に異をとなえる知識人や一部ではあったが、良識派がいたからで、

そういえば、”サウンド・オブ・ミュージック”で描かれたトラップ大佐(じつは少佐だったが)のような人物も現実にいたわけだし、

そのうえで現大統領は、ヒトラーには目のうえのたん瘤ではあった、就任当初はとくに。

がしかし、八十六歳と高齢による老衰がすすみ、死期もちかいとみたヒトラーは、気力減退のヒンデンブルクとの政治的かけ引きをしたそののち、ナチ党の反対勢力となった突撃隊を粛清したのである。

となると、“長いナイフの夜”はヒトラーだけの咎ではない、ことにはなるのだが。

そんななか、大統領の死をうけると、ゲシュタポとの呼称でおそれられた秘密警察をつかい、反ナチ派やユダヤ人たちを根こそぎとらえていくことに。

こうして誰もがしる、ユダヤ人たちなどへのホロコーストがはじまるのだった。

人類史上、最悪の殺戮者、それがヒトラーなのである。