かれはユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)と縁(えにし)があり、また、カエサル暗殺後の第一後継者だったアントニウス(ふたりともが、古代エジプト王朝最後の女王クレオパトラ七世とのあいだに、子をもうけている)とも、さらには、古代ローマ帝国初代皇帝オクタウィアヌス・アウグストゥスの血族でもある。いわばサラブレットというわけだ。
その皇帝ネロだが、治世初期こそ名君であった。
しかし、やがて帝位をおびやかす存在の異母弟を毒殺してしまう。
謀殺理由の有力な説が、後世にまでつたわっている…本来ならば、異母弟こそが正当な後継者であったとの。
だから排除したのである。権力が強大であるほどに、魔性に、ひとは翻弄されるのだ。
四年後には恩ある実母を殺害。ついで、邪魔になった妻とじぶんの腹心をも、自殺の淵においこんでいったのだった。
悪行はさらにエスカレートする。
その根だが、ネロの人格云々はおいておくとして、六日以上もつづいたローマ大火にあった。出火の原因は不明で、しかも不運ではあるのだが。
と、ここで、石造りの建物が燃えひろがるのかと疑問におもい、ネロにかんする記述をさらに読みすすめたのだった。
説によると、当時のローマは人口が急増し、住居費をふくむ諸物価急騰や衛生面からみても、人口増それ自体が失政といわれはじめていた。
そのやさきに、急造の木造住宅から出火し、その密集ぶりが大火の遠因であると、そんな批判までが沸騰したのである。
さらにはネロによる放火説までが、市民のあいだでささやかれだしたのだ。
批判や不評を払拭するために、で、ネロがとったとんでもない行動。
“放火だった”と叫び、犯人は、新興宗教として流行しだしたキリスト教徒の信徒だ!かれらこそが“集団放火犯だ”との汚名を浴びせたのである。消火活動をするしりから、集団で放火したから大火になったのだと。
それらしい信憑性を付加したうえで、弾圧と迫害におよんだのである。火刑による大量殺戮であった。
この、おのれの悪評をかわし地位を保全するためだった、とは、欧米がキリスト教世界だけに、憎悪をこめた定説としてあまりに有名だ。つまり、放火説そのものが、信憑性にとぼしいというのである。