これも、あらかじめの計画だったのか、今しがた思いついたパフォーマンスなのか。
供述を撤回する被疑者をなんどもみてきたデカたちは、黙ってきいていた。
「変装につかったとする道具とやら…。家宅捜査ででてきましたか?」上機嫌でつづけた。「さらに、ボクが手術をうけたというんなら、カルテもだしてみなさいよ!」
矢野は無表情だったが、和田は想定していたとはいえ、口惜しげに口をとがらせたのだった。
変装用具にかぎらず、人相をかくすためのサングラスやキャップ、片面が黒っぽいリバーシブルタイプのコート、どころか、ライフル銃や弾丸をふくむ、これらは有力な物証となるのだが、なにひとつ出てこなかったのである。
和田の悔しげにたいし、「ほらね」とご満悦の東。そのいっぽうで、矢野の冷殺(ひややかな態度)に、一抹の戦慄が背筋を冷やしたのではあった。――こいつには気をつけないと!――さきほどの完敗が、頭からはなれないのである。
それで矢野に冷視(つめたい視線)をあびせつつ、さらにつづけた。「百歩譲って、爆破事件にかんしては、かりにあんたの言ったとおりだったとしよう。たしかに論理的ではあるからな」と、ここまで言って、さらに――いや待てよ!――となった。
デカたちが真実をかたっているとはかぎらないのだ。だから、降参すべきではないと。
残渣のような爆薬の塵、それを簡易検査では検出できたとのことだが、はったりの可能性だって、まだある。
あるいは、精密検査のけっか検出できずということもありうるし…。となれば、物証はゼロ。にわかに、そんな我田引水的想像に、いうなれば、とりつかれはじめたのである。
いっぽう、東の言動の底意をいぶかりながらも、「はったりでも不実でもない」と弁明することもなく、矢野はだまってきいていた。
「けど、塵のような爆薬をのぞくと、ほかには、なにもでてこなかったんだろう?」
「それはね、形ある証拠品を、すべて処分したから、だろう?」と、語尾だが、口調をまねたのだった。
「さあ、どうだか」“そうに決まってるだろ”と、わかりきったことを言わせようとした誘導尋問にもだったが、それ以上に悠然と、しかも冷徹ですらあるデカに腹がたった。
東が睨み、それを余裕でうけながした矢野。両者のあいだには、冷冷たる空気だけがたちこめていた。
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