いっぽう、腹に一物をひめた東ではあったが、いく通りかの歩容認証の変幻自在にはそれ相応の苦心があったとして、おおきくうなずいた。で、そのあと、

「化粧品をつかって目のしたにクマを描けば、七・八歳はうえにみえる」と正直に。

さて、読者はおぼえておいでだろうか、藤浪の顔をつかって実験し、すでに実証していたことを。

で東の正直さだが、そこまでだった。「ブ男に変装したのも、素顔をみせるわけにいかず、とうぜん、事務所のひとたちに記憶されたくもなかったから」

つまり、出っ歯にみせるなどの具体表現は、これをさけたのだ。証拠がないのをさいわいとばかり、本心をかくしていそうにみえた。

そのうえで、「隊員として、女装する必要性を想定し、のどぼとけを除去する手術をうけいれた」といった。だが、どこかそらぞらしかった。

東がかもした言動にもウラがありそうであやしげだったが、ことに“うけいれ”の一言に、矢野はひっかかったのだった。

一筋縄ではいかないしたたかさを、またも見せたことにである。これも、特殊部隊での訓練のたまものだろうか。

女装の必要性のくだりは、問題ないとしよう。スパイとして、国内外のスケベ男から情報をえるための、手段のことをさしている、は、ありうることだから。

防衛省にとって、この手のスパイも必要かもしれない。

しかし、だからといって、さすがの特殊部隊といえども、病気でもないひとの体に、“メスを入れるよう“との要請を、はたしてするだろうか。

なにかの行き違いが生じ、後日、大問題を惹起する、おそろしい可能性を秘める要請となるかもしれないのだ。防衛省発の、世間をゆるがす一大スキャンダルではすまない爆弾ともなりうるであろうから。