いっぽう矢野は、被疑者を落とすその手ほどきをとおもい、実演しているのだ。
「窃盗自体、いい逃れができないと諦めたのなら話ははやい。というのも、そのドローンが第四の犯行(発生時刻がすこし早かった)につかわれたからね。いわんとする意味、キミならわかるよね。古賀夫妻爆殺現場で」古賀夫妻とは、爆発物搭載ドローンをぶつけられて殺害された夫婦のことだ。
「鑑識が遺留物の物的証拠をなにひとつ見落とすことなく回収し、科捜研がそれらを徹底的にしらべあげたけっか、夫妻の乗っていたクルマに激突させられたドローンの残骸から、残骸といってもほとんど木端微塵だったけれど…」
東はというと、ひとごとのような態度をとっていた。しかし、警察がじぶんにとっては想定外の証拠を、もっといえば、有罪にできるような隠し玉を握っているかもしれないと、じつは疑心暗鬼になり、ひとことも聞きもらすまいとそばだてていたのである。
「それでも、日本の科学捜査は優秀だから、粉々になった欠片であっても、プラスティックの成分や塗料の成分などを探りだし、おかげで、盗難されたドローンだと断定できたのである」
得意げな顔になりつつある矢野。ちなみにこの表情、被疑者をおとすための、駆けひき、かもしれない。
「さらには三度の、一連の爆殺事件において、爆薬の成分が完全に一致したよ。つまり三つの事件は、どれもおなじ犯人によるもの、とね」
一筋縄ではいきそうにない相手だからこそ、矢野が得意とする手練を駆使し、演技もそうだが、以下も手管(手練手管=ひとを思いどおりに操る手法)である。
つまり、論理的に攻めこみ追いつめていくことで、じわりじわりと逃げ場をなくしてゆき、やがて被疑者を投了においこむ手口、矢野はそれをえらんだのだった。
情にうったえるという手もあるが、いまの段階での東には、有効な手段ではないとおもったのである。
「……」口元は平静をたもっていたが、目元にはたしかに変化がでていた。視線が心なしかさまよっているふうである。それでも本人は、冷静を精いっぱいよそおっていたのだった。
「頭のいいキミには、これがどういうことかわかるよな」皮肉たっぷりである。「どれほどに優秀な弁護士が、『ドローンは盗まれてしまい、被疑者の手元にはなかった』とか、『同一の裏サイトで表示された製造方法にしたがえば、誰がつくっても爆薬の成分は一致してあたり前』や『たんなる偶然だ』とかの御託をならべようとも、同一犯の犯行だと」
はたして被疑者は、連続殺害犯として、追いつめられつつあるのだろうか。
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