取調べ

 取調べ室では、先刻のうちの、藤浪をのぞく三人と東が対峙していた。

 その一時間まえ、自宅の、ノックをされたドアを開けでてきた男をみて三人はなるほどと、アイコンタクトで賛同したのである。逮捕直前の東の、頭髪の長さについてだ。物証となったかみの毛の長さと、推定で一致したことにである。みた目約六センチは、軽トラ盗難時から逮捕までの時間経過と符合していると。

 むろん、DNAがすでに一致しているのだから、長さにこだわる意味はないのだが。

 で、翌日。

取調べにさきだち、担当官としての形式を踏襲したあと、和田が口火をきった。

「あなたならよくごぞんじのはずの要人連続殺害事件。でもって、きみはなぜ手をよごしたのかね」いきなり本論にはいった。単刀直入とはまさにこのこと。もちろん、動機なら推定できているのだが。

「えっ、なんなんだ!窃盗事件の取調べじゃないのか!」東は眼をむくと、イスから跳びはねるようにして立ちあがった。怒りで、全身が小刻みにふるえていた。

 さきほど矢野警部はたしかに、窃盗容疑の逮捕状だけを提示していたのである。

「別件だから気にくわないと、そうおっしゃるのですね」和田はなだめるような眉をして、いった。

このやりとり、聡明な読者諸氏は首をかしげられたであろう。DNAの合致により、爆殺事件の立証は可能なはずなのに、ドローンの窃盗容疑での逮捕だけとは?

だがこれは、矢野一流の手であった。東にみせた逮捕状は、わざと窃盗容疑だけにしたのである。にもかかわらず、殺人の取調べだと知らせ、故意に怒らせたのである。

さても、和田がみせたすまなさそうな態度くらいで、怒りが治まるはずなかった。

「もちろんそうだ!」とどなった直後、「もういい。いますぐ、弁護士をよんでもらおうか。おまえたちのやり口は、いまので充分にわかった。つづきは弁護士がきてから、で決まり。それまでは黙秘だ!」と、宣言でもするかのように。そして、でんとイスにすわったのである。

このおとこ、まだ二十五歳の若造なのだ。にもかかわらず、この態度であった。

いっぽう、対峙する矢野。

知識や知恵においては、この若造との甲乙、つけがたいであろう。

しかし目のまえの男のばあい、復讐成就のためならば犯罪も是、としてきた。

矢野はというと、犯罪を悪とする法の守護者である。法に背をむけることはできないのだ。護るものがないやつとは、力学的格差ができてしまう。制約があるぶん、どうしても弱くなるのだ。

ただし以下は、取調べが可視化されたから、ではない。そこはベテランの判断、すこし手綱をゆるめることにしたのである。

つまり、おもったとおりの東の態度にたいし、じぶんたちの土俵にのせられたと。

で窃盗罪について、クルマから採取できた毛髪という物証があると、しずかにそれをテーブルに置いたのだ。物証が捏造ではないとのいきさつを説明したあと、逮捕容疑についてだから、気をしずめろと。