ところで、今しがた藤浪にかかってきた厚生労働省からの電話、国民年金加入者のなかから探しだしたけっか、東浩造の現住所がわかったとの連絡であった。本名と生年月日とおおまかな住所というデータを手掛かりにしたのだが。

ほかの省庁のがヒットしなかったのは、住所、氏名、年齢ともに事実でないもので登録していたからで、いうところの免許証などは、偽造だったということだ。

で、国民年金のデータだけが事実だったのは、厚遇の共済年金(公務員が加入する公的年金)を六年半もかけてきたからではないか。そう、矢野はにらんだ。

“消えた年金問題”をおこした、いいかげんな役所を東が信用していなかったぶん、個人情報にウソがあれば、じぶんのデータが埋もれて取りだせなくなるかも、それを恐れたのだろうと。

東をかいま見たおもいの矢野は、可能性がゼロではない方面のすべてを当たらせたのだった。で、おなじく厚労省の国民健康保険のデータをもだったが、国民年金のほうがはやかったというわけだ。

それにしても、老後の心配をし、年金をあてにするなんて、厚遇されているゆえの公務員根性まるだし(矢野も公務員だが、共済年金制度にほとんど関心がない)だ。

むろん東は、逮捕されるはずがないとの計算があってのことだろう。

指紋をのこすドジはしておらず、変装するなどして、一度も素顔をさらしていない。さらには、人間の記憶がいいかげんだということを、特殊部隊での訓練や講義で、かれは知悉していた。

よって、被疑者として、万が一にも捜査線上に浮上するはずない、そうたかをくくっていたのである。

住所を、国民年金の登録においてのみ、事実のにしていたのは、警察など知れたものと嘲笑っていたことにもよる。じじつ、警視庁は後塵を拝する(後れをとる、あいてに連敗)のみであった。

それはさておき、矢野が朝一で、“大まかな住所“として藤浪にしめしたのは、ドローン操作の練習をしていた江戸川河川敷公園(江戸川区北小岩四丁目あたり)から、東の住まいはそう遠くないはずとふんだからだった。

あえて、居住区域からとおいところをえらぶ必要はないのだから。

とここで、「おれはなんてバカなんだ」とちいさく叫んだのである。バカ田どころではないと。殺人事件が五つ連続でおき、それの捜査と追及、各事件の洗いなおしに没頭の毎日であった、だからではないが生身の心身、見おとしや失念もいたしかたないかもしれない。

だが以前、女装した東(と、矢野は断定している)は、ドローンを盗みだした直後クルマをつかったはずと、藍出の推理をあとできいていたのに、こんかいはそのことに頭がまわらなかった。うっかりにもほどがある。

しかしいまは、クルマをどうやって調達したかに頭をつかうべきで、自責しているばあいではない。

参考になるのは、場壁を尾行するためごとに、車種をかえていたこと。しかも、レンタカーのナンバーだったとの証言(証言者の記憶ちがいもありうるが)もあった。毎回、レンタカーだったかは不明だが。

さて、そのレンタカーだが、見つけだす役目はべつの捜査員たちにまかせた。特定できたとしても、指紋もだが、遺留品などもないだろうから。レンタカー会社が掃除しているはずだし、それ以降の使用者も複数いたであろうから。

そんなことより、ドローン操作のための練習の往復に使用したクルマを特定することこそ、肝要だとした。

ちなみに、ドローン窃盗直後につかったクルマは盗難車、しかも盗難防止センサーのつけていないボロい軽トラであった。ならば、これはあくまでも矢野の推測だが、こんかいも盗難車だったのではないか。