しばらくそこで待つと、住人がエレベータでおりてきた。玄関をでていく住人とすれ違うようにして、オートロックのドアを通過したのである。
隣の501の住人が在宅しており、しかもおばさんだったのはラッキーだった。
で警察手帳をしめすと、ドアが開いた。
藍出はまず、くちびるのまえに人さし指をたてた。それからおもむろに、ダメ元とおもいつつ東浩造の写真をみせ、となりに住んでいるかを小声で問うた。付けヒゲやメガネをつかった、かんたんな変装くらいは、ここでもしているかと案じながら。
意外にも、「はい」との返事だった。おばさんといえども独身だったこともあり、となりに住む若いイケメンに、かなりの興味をもっているようすだ。
万歳したくなった。変装していないということは、東は油断している!ということだ。
素顔のままで暮らしている。つまり、じぶんは捜査線上にあがっていない、だけでなく、警察から逃げおおせた。換言すれば、そう、やつは確信している、ということだ。よぶんな引越しなどする必要がないとも。
どころか、完璧な工作のおかげで捜査は暗礁にのりあげ、迷宮入り寸前なのだ、ならばこれからも、変装をする必要もない、そうおもったからこその、堂々ぶりにちがいない。
たしかに警察は、やつに翻弄されつづけてきた。いちばんブザマだったのは、変装したやつの似顔絵を、しかも訂正ぶんをふくめ、二度も発表したことだ。原刑事部長のせいで。
それをやつは、してやったりと、腹をかかえて笑ったことだろう。
「お隣さんを見かけた直近の日にち、おしえてください」大事な質問である。
「きのうの晩方、近くのスーパーで。ちゃんと挨拶してくれましたよ」
犯人はとなりで高枕(安心しきっている)だとしり、藍出はこの答えに満足すると、おばさんには、警察官がおとなりの件でたずねてきたことを、「本人にもほかのどなたにも、くれぐれも、口外無用で」とおねがいし、退去したのだった。
むろんのこと、警察の手がせまっていることを、犯人にさとられると逃亡されるからだ。
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