四十日以上、つぎの事件が発生しなかったことで、緊張感をたもっていたつもりの警備担当者たちのこころに、いつしか安堵や油断がしょうじていたのだろうか。

目ざめから床に入(い)るまで、いや、夢のなかまでも緊張感を保持する毎日。そんななか、なにごともおきないことで、気がゆるんだとしても、人情としてはわからないではない。

しかしながら、市民をまもるべき警察官にとっては、故事成語になっている、“無事をよろこび(は、良いのだが)、姑息(息をつくていどの、みじかい時間。ちなみに、転じてのその場しのぎは、この故事成語のばあいは当てはならない)に安ずるの心”が、あってはならなかったのだ。

だがいま、それを悔いている暇(いとま)はない。

で、純粋にデカとして、矢野は思った。

――こんかいは、なぜ日にちがあいたのか――その意味を、かんがえずにはおれない。

犯行を確実なものとするために、捜査陣の気のゆるみをまっていたのか、それとも完全犯罪をしかけるための時間が必要だったのか。

いやいや、矢野の思考についてだが、いまはおくとして、警備部の大失態はとうぜん、全警察の汚辱となった。また、屈辱であった。

かれらのありさまを、ハチの巣をつついたようと表現したとして、それでは控えめにすぎよう。

未然にふせげなかったことにより、捜査に無関係の交番勤務の制服組にも、激震がはしった。

なんの、桜田門(警視庁)の全部署、のみならず察庁(警察庁)をも震撼させたのだった。

他方でも当然の事態が。マスコミが騒がないなど、あろうはずもなかったことだ。ひとことでいえば、大噴火したのである。

全国系一般紙は”縄張り意識の弊害”だとか、“一部エリートによる捜査機能の狷(けん)介固陋(ころう)(かたくなで頑固)的支配”とのみだしで、警察をここぞとばかりに指弾しつづけた。

各テレビ局のニュースや新聞系週刊誌もまけずに辛辣であった。さらに、三流週刊誌や夕刊系新聞にいたっては、”給与泥棒”とか”役立たずの木偶の坊”等、品位のかけらもない烙印をおし、おおいに嘲笑ったのである。

世間も世情不安から、いやまして騒然となった。たとえば非難・批判の嵐は、両組織の受付窓口電話の回線をパンクさせてしまった。

2ちゃんねるなどもだった。二つの警察組織への非難と批判で、いわゆる大炎上したのである。

さらには海外メディアも、前事件時を超過しておおきく取りあげた、政治家をねらい撃ちしたテロとして。

必然、警視総監が矢面にたたざるをえず、一度ではすまされなかった記者会見で陳謝し、どうじに現場捜査員の奮闘と精勤ぶりを強調し、苛烈なしつもんを必死でかわしたのだった。

また、早朝の緊急臨時閣議も、爆発殺害事件時につづき、ひらかれた。

一時間半後の国会では、予算委員会で、責任者である国家公安委員長と総理にたいし、与党議員ですらもきびしいしつもんが矢つぎ早に、はなたれたのだった。

こうして国会内外、いや、国の内外にて、たいへんな騒動となってしまったのである。

しかし捜査にはちょくせつ関係のない以上の件は、この記述でもってあとは割愛させていただく。

 

さて、第三の事件(原も連続殺人事件とみとめざるをえなくなっていた)翌日のはなし…、今件でもサイレンサ―がつかわれていたとわかった。狙撃現場付近において、銃声をきいたというものがでてこなかったからだ。

被弾した現場は、林議員の自宅まえ。ひと区画が二百坪をこえる、まさに上流階級が居住する閑静な住宅街である。

そういう地域だから、工場などがはっする騒音にまぎれて銃声がきこえなかったとはかんがえにくい。時間も、まだ午後九時であった。

肝心の状況だが、男性秘書が運転するクルマからおりた直後をねらい撃たれたのである。

頭部に被弾したせいで、即死だった。一発で仕留められていたことをふくめ、場壁殺害時と相似している、被害者が変装をしていなかった点をのぞき。

模倣犯の可能性もかんがえられた。だが、かなりひくいと推測される。サイレンサー使用も狙撃犯の腕のよさも、マスコミにはふせてあったからだ。そんな理由よりもだ、ライフルマークが、場壁の命をうばった凶弾と同一であったことによる。

さて銃声の直後、眼前のあまりのできごとにとうぜんの混乱をしながらも私設秘書は、いのるような気持ちで119番通報をした。死なれると失業してしまうよわい立場だからでもあった。

それにしてもふたつの事件の政治家にくらべると、政治力はさほどつよくない、――うちの議員に限ってまさかとの――油断とも安心ともつかないきもちが、一連の事件に鑑みるなかで存在した。

だが安心感が、根拠のない妄想であったことに、きびしすぎる現実を目のあたりにし、思いしらされたのだった。

 

ところで批判や非難のおおむねが上層部にむけられたわけだが、健全だったといえよう。

上層部のしじや命令で、現場の捜査員たちはうごくわけだから。つまり現場にとってはあるいみ、給料泥棒などの非難は的はずれでしかないのだ。

とはいってもかれらとて、気にならないは、あたらない。

どころか、ほとんどが責任の一端をかんじていたのである。

そのあたりの機微をくんだ星野管理官は、「しってのとおり、殺人事件の検挙率は100%ちかい」と、正確ではないとしりつつあえて励ますことばを、捜査会議のおり選択した。

では、星野も承知の実態とは…。殺人と認知した事件の95%以上にすぎない、だった。

つまり、殺人事件と認定されていないが、じつは殺害されていたというケース(兵庫県尼崎市や福岡市、さらには京都府向日市での多人数殺人事件のように、おきた当初は事件あつかいされなかった)は、ふくまれていないからだ。

激励をつづけた。「地道な捜査ながらもコツコツといそしんでいる諸君なら、必ず犯人を逮捕できる。だから自分をしんじ、同時に仲間をしんじようではないか。いまこそが正念場なんだから」

合同捜査会議の最後に鑑識をふくむ捜査員たちすべての士気を鼓舞したのである。

矢野係をはじめほとんどの捜査員が、犯人を逮捕すべくおのおの、さらに励んだのだった。

一例をあげれば鑑識課。第三の事件において、指紋や遺留品等の採集、現場写真の撮影など通常の任務とはいえ細大漏らさじの意気で、またこれもとうぜんではあるが、とりちがえや勘ちがいなどのミスをしないよう、いつにもまして細心かつ迅速に活動したのである。

過去において、かみの毛一本、唾液の一飛沫を見のがさなかったおかげで、事件解決につながったという事例は枚挙にいとまがないのである。

線条痕だが、場壁の命をうばった銃弾のものと、99.9%の確率でいっちしたとした。

だからといって、おなじ銃からだとは断言できないのだが。なぜなら、コールド・ハンマーリング製法の銃はどれも線条痕が同一となり、残念ながら、したがっていっちしてしまうからだ。

いわば、金型でつくった製品が、どれもおなじ形容となるように。

くわえてかれらは、こんかいの狙撃現場が廃屋となったビルの屋上であることを、証拠でもって迅速に証明した。

薬莢がおちていなかったことや犯人とおぼしき人間の指紋ものこされていなかったことなど、場壁暗殺との共通点も指摘した。狙撃現場をそこだと特定できたのは、弾丸の被害者頭部への入射角度や飛来方向の確定により、その廃屋の屋上と推定しそこから硝煙反応を検出したからだった。

狙撃した犯人の位置から着弾地点までの距離(射程)だが、計測により、ゆうに90メートルはあるとした。また、現場ちかくでは風速11~14メートル毎秒というつよめの風が、狙撃事件の時間ぜんご、ふいていた。

射程を考慮すると、弾道に影響をあたえる風速なのだ。緻密な計算をして標的をねらわなければ、一発でそれを射ぬくことはできない。

つまり今事件においては、射程と風のつよさからみて、犯人の銃の腕前だが、矢野が前回くだした評価よりも、数段あげざるをえないとおもった。

それはさておき、第二の狙撃事件が、あることへの可能性をかぎりなく100%にちかづけたのである。いまさらながらの、同一犯(複数犯を除外できてはいない)による政治家連続殺害事件をだ。

原刑事部長が忌みきらい、そうであってほしくなかったが、もはやうたがう余地はなくなった。

それでも持ってうまれた性格のせいか、内心――別々の事件であれかし――といまだ願っているのである。それでいちど、模倣犯説を私見として主張してみた。

「なぜなら、ライフルマークが一致したからだ、凶弾の写真やライフルマークをマスコミにすらも公表していなかったにもかかわらず」と。

ならば同一犯人説こそがとうぜんの常識、なのだが、原は異見を展開した。

負けぎらい(負けずぎらいは、異説もあるがやはり誤用であろう)だけでなく、唯我独尊ゆえに他者の意見をききいれない、原らしいあえての一致の理由だが、コールド・ハンマーリング製法による銃を模倣犯がぐうぜん使用した可能性、そこにもとめたのである。

だが、確率的にはかなりひくい。

これがたとえば米国だと、量産タイプだけに比較的安価で入手しやすいだろう。しかし、いざ密輸するとなると,そんなルートをもたないものには困難なはず。

かりに模倣犯だとして、やはり裏サイトをつうじて購入したのだろうが、警察がつかんだ銃にかんする情報には、つうじていないのだ。

ならば、たんなる当てずっぽうで同種の銃をかったことになる。

しかしながら、安手の銃ならアーマライトAR-16とその派生品など、ほかにもあるわけだし、そうかんがえると、模倣犯によるぐうぜんの一致が、どれほどの確率なのか?

自己保身のために、連続殺人事件であってほしくない原…には気の毒だなあ、とは思っていない星野と矢野は、模倣犯説を論理的ではないと、多数のおもいを代弁した。

出世に野心をもたないふたりだからこそ、同一犯と断定して、捜査をすすめるべきだと。

たしかに二番目は爆破事件である。手口がちがうとの原の意見を、無視することはできない。

が、それは捜査をまどわせる効果をねらった結果だと、かれらは主張した。

くわえて、警察は条件反射的に同一手口に警戒をするであろうと犯人はよみ、狙撃にたいする警護に重点をおいているそのウラをかかんとして、爆発物使用を二番目の手口にしたのだろうとも。

さすがに、会議での空気をよんだ原、「同一犯で捜査が混迷するようなら、そのときはわが説でいくぞ」と、いったんはおれたのだった。

ただ、そんな原でさえひとつのおもいをもっている。犯人逮捕もだが、あるべからざる四番目の事件に、厳重警戒せねばならないと。

狙撃、爆破とつづいた大事件をまえに、警察が戦々恐々として捜査を絞れずとまどっているスキに、三番目には狙撃という再度の手口をつかったからである。

深よみするならば四番目があり、その手口だが爆破である可能性がたかいのではと…。あるいは新手でくるかもしれない。

そうなると、警備や警戒をしたくとも、その的確な手法にこまってしまうのだ。警察として、いかなる手をうてば未然にふせげるのか、しかしながら有効な手だてがないというのが現状だからだ。

のこされた手は、もう一度、動機を絞りこむことである。その方途だが、被害者たちの共通項から、あるいはかくされた動機を見つけだすことができるかもしれない。

警視庁が束になっているにもかかわらず、情けないはなしだが唯一そこにのぞみを託すしか、もはやないのである。

何度目かがわからなくなるほどの、現捜査会議において。

かんがえられるのはやはり、政治的もしくは個人的なうらみであろう。

だがすくなくとも、政敵でないことは地取りではっきりしている。

となると、政治家三人にたいして怨嗟をいだく人間か、そのひとによほどちかしい人物が犯人と想定できる。たとえば親子・兄弟・配偶者・恋人のたぐいだ。

なぜちかしい人物にまでも想定をひろげたのかというと、あくまでも仮説だが、怨念をいだいていた人間はすでに死んでおり、その復讐と遺恨ばらしのための連続殺人かもしれないからだ。

そこまでひろげてでも、導きだしたい犯人像なのである。

とここで、原部長が口をひらいた。「きてれつな政治結社、あるいはテロリストだとすれば、そうとうな困難を覚悟しなければならない。動機と犯人をむすびつけるのが難しいからである。もしくはある外国、たとえば近隣にいちする独裁国家がおくりこんだ殺し屋。経済力を盛りかえし、世界第二位の経済大国に返り咲いた日本国の政治力をよわめるとともに、恐怖により経済活動をよわめようとの邪悪な意図をもった国家テロ、しかし、これが事実ならきわめて厄介だ」と。

これがそとに洩れたら外交問題になりかねないが、リークする売国奴は、捜査陣にはいなかった。

「なるほど。しかしその件は公安部にまかせましょう」と星野、自分の責任論で頭がいっぱいいっぱいの原に逃げ道をつくってやりながらいった。

国家テロを示唆する情報がなにひとつない現状だ。事件が解決してみれば、杞憂だったとなるかもしれない海外の国家テロに煩わされるひつようはないし、ばあいでもない。ただ、粛々と捜査をすすめていくだけだ。

そうと決心し、星野の眉間はもとのかたちに納まった。事件解決もだが、以後もつづくと推考される犯行をくいとめる方途こそ大事と、腹をかためた。そこで、議論をもとにもどした。

かんがえるべきは、被害者三人の共通点が与党の幹部だということ。

だから、これは100%大丈夫とはいえないが、野党議員全員と与党の若手を警備対象からはずしてもよいのではとも。それでなくとも対象者がおおすぎて手がまわらないほどなのだ。

さらなる共通点について、星野が各事件の直後、場壁政権時のことをおもいだした結果、岩見は当時の党幹事長であり、林はふたつの大臣職を兼務する閣僚であった。

だからといってこの共通点が、犯人にとっての動機にかんけいしているとはかぎらない。この共通点だけでは、漠然としすぎているといえなくもない。

この三人が、たとえばひとを殺したとかいうのならば、はっきりとわかりやすいのだが。

そんな事実は、しらべたかぎりではなかった。たしかに当時の場壁政権は、PKO(国連平和維持活動)の一環として治安がさらに悪化したソマリアに自衛隊を派遣した。

だが、そこで命を落とした自衛隊員はひとりもいなかったのである。

ぎゃくに非共通項として、性別はむろんのこと出身地、出身校、所属する党内派閥等においても、これといって一致するものはなかった。場壁政権時の首脳だった以外にはなかったと結論したのである。

そこで――場壁政権時の政策にからんで、動機を見いだすことはできないか――と星野はとうぜんかんがえた、すこし飛躍しているかもとおもいつつ。

ただどんな可能性であれ、排除すべきではないのだ。というのも、三人が強力に推しすすめた政策がかなりあったと、記憶しているからだった。

――まずはそれらをピックアップしてみるべきだろう――

この提案を刑事部長に具申し、それに原はしかたなく応じたけっか、プロジェクトチームが立ちあげられた。場壁政権下でせいりつした大小百八(他政権と比較して少ないのは、野党がこぞって本気で反対する法案ばかりだったからだ)の法律の背景が、こうしてかれらにより検証された。

五日後、睡眠時間をおしんでの労作業のすえチームは、三つの法律にしぼったのである。それ以外の、たとえば消費税増税や法人税減税、相続税改正(控除額がそれまでの五割に減額された)法や民法の改正など、国民の生活に直結する法律も相当数あった。

が、殺害動機をはらんでいそうにはないとふんだゆえにだ。

たしかにこのなかでは重税感をもたせることになる相続税改正法ではあった。一例だが、巨額の相続税を納めねばならないたちばの人間がいたとする。しかしながらぎゃくに、自分の懐にはいる額はとうぜんながら納税額よりおおいわけで、その手の金満家なら、この法律の成立に殺意をこめた恨みがましさまではもたないであろう。

そういう論理で、プロジェクトチームはこの法の成立を該当外としたのだが、星野も同感であった。

なるほど相続税にかぎり、納税の手段として物納という方途も条件つきでみとめられているが、一般的手段としては不動産や有価証券などをまずは現金化する。そのばあい、購入時より価値がさがっていて損をすることも多々あろう。

たとえそうであっても、手元には相当額がころがりこむのだ。不満はのこっても、殺人などの違法行為にはいたるまい。

おおまかにいって以上のような取捨選択により、プロジェクトチームがピックアップしてきた三つの法律が、以下であった。

1 特別国家秘密保護法……国会内はもとより、社会全体で賛否がはげしく対立したこの法案の可決に、こんかいの被害者が三人ともおおきくかかわっていた。ところで当時、全野党のみならず、ことに法曹界と放送界をふくむマスコミ、文化人・学者の大多数が、いや国民(ことに、政治に無関心だった若者)のおおくが反対の意思表示をし、国会周辺はもちろんのこと、全国津々浦々で反対集会やデモが連日のように開催されていたのだ。

そんな、一国がヒートアップするなか、反対集会においてひとりの死者がでてしまった。場壁政権の熱烈な支持者がはなった凶弾にたおれたのである。後日、加害者はある右翼団体の構成員菅野辰則、被害者は弁護士の東浩とほうじられた。

ひとりとはいえ犠牲者がでた、にもかかわらず、それでも同盟国である米国の、とくに軍事機密をうけいれやすくするための法として、場壁首相は必要性を説き、岩見幹事長は「反対と声高にさけぶデモはテロにひとしい暴挙」と発言していた。

一方、林は内閣府特命担当相として国会で朝改暮令的な答弁をくりがえし、法案の不備を露呈させていた。つまり未成熟な法案だったわけだが、両院で合計たった五十時間と審議時間もおどろくほどにみじかいまま、ともに強行採決がなされ、国民不在と国内外で論評されるなか可決成立したのである。

じじつ、米国の有力数社のマスコミは、“日本の民主主義の危機”と警鐘をならしていたのだった。英・独・仏などでも同様の報道がなされていた。

2 子育て支援改正法……改善のスピードがおそい国の赤字べらし、その一環として、子育て支援の支給金減額を決定する法律。子供のいない世帯や子育てをおわった世代から“ばらまき“と悪評されたため支援をみなおすと、場壁と岩見は与党国民党の選挙公約としていた。林は少子化担当大臣の立場だったにもかかわらず、減額をうったえた。いっぽう、すべての野党は”子育て支援改悪法“とよんで、法案に反対した。

3 企業による子育て支援改正法……少子化対策として、労基法により労働者の権利としてみとめられている産前産後休業取得、もしくは平成十五年成立の次世代育成支援対策推進法の趣旨を無視し、労働者の産休・育休制度に消極的あるいは否定的な企業にたいしては、子育て労働者へのマタニティハラスメントのていどにより、段階的に罰金を科すとさだめた法律。野党はまとまって、中小・零細企業いじめだとして反対した。

ところで特別国家秘密保護法だが、のこりふたつの法律と比らべるまでもなく利害対立がほとんどないために、連続殺害の動機としては相当に稀薄とおもわれた。

それでもリストアップした理由をチームは、被害者となった三人ともが成立に並々ならぬ執着心をいだいていたと分析したからだった。

二番目の子育て支援改正法にかんしては、子育て真っただなかのひとたちの生活を直撃するだけに、成立当時、悪影響をうける国民の反対のこえがちいさいはずなかった。わけても、こどもが複数家族の憤懣が並たいていであろうはずなかった。

つまり、動機をもった人間がいて、なんの不思議もないということだ。

三番目の企業による子育て支援改正法も、経営基盤のよわい中小・零細企業の経営者にとっては死活問題ともなりかねず、会社を倒産させたくない、労使ともの大規模なデモが国会周辺で連日のようにつづいたことでおおきな社会問題ともなった。

特別国家秘密保護法案のときと同様、鮮明に記憶されているむきもおおいとおもう。

さらには案に反せず、施行後、倒産においこまれた企業は百社をこえたと、当時の新聞はほうじていた。というわけで、「ウラミ晴らさでおくべきか」という怨恨による動機にかんがみ、この法の施行にたいするのが、いちばん強烈にちがいない。

けっきょく、社会的弱者の生活に直結する、これらふたつの法律にむけられた怨嗟のこえこそがおおきかったということだ。

ただし事件解決をめざすにおいて、問題がふたつあった。

捜査サイドからみたばあい、動機をもつ対象者の絞りこみが「きわめて困難」ということだ。

子育て支援改正法において、あおりをくった人間は五万といる(じっさいには五万人では到底すまない)。

他方、企業による子育て支援改正法だと、これが原因で倒産したとの判断基準を、警視庁は有しえない。あるいは経済産業省や総務省ならば、それらしい情報をもっているだろうが。

それにしても、倒産との因果関係を客観的に峻別できるだろうか。倒産の因がひとつとはかぎらないからだ。倒産した側からすれば、稀代の悪法として憤りの標的にしたいだろうが。

したがって、警視庁として対象を特定することなどできない相談なのだ。

もうひとつは、射撃の腕をもつエリート官僚綾部のときもネックになった、八年あるいは七年(国会において審議をするために、各法案の可決成立には当然ながら数か月のズレが生じている)という、ブランクである。

なにゆえ犯人は、七年以上もまったのか。

相かわらず、その必要性、もしくは必然性を解明できていないことだ。

警察官らしい発想でおもいつくのは、その間、刑にふくしていた、である。塀のむこう側にいたのでは、たしかに手も足もだせない。

そこで矢野は犯人へべつの角度からせまるために、逮捕時を起点にカウントし、昨年の夏から十月末日の出所(仮をふくむ)まで七年半前後、官憲によって拘束されていた比較的若い前歴者をしらべてみたのだった。

昨年の夏から十月末日と想定したのは、連続殺害にたいする準備がひつようだと踏んだことによる。

たとえば、場壁の秘匿の夜間行動を追跡するとかライフル銃などを闇サイトで購入するとかには、相応の時間がひつようだったはずだと。

逮捕以降の裁判と刑期を合算して七年半前後としたのは、これも準備期間を考慮してのことだ。七年未満だったとしたら、場壁たちはとうの昔に殺害されていたであろうし…。

しかし藤川がそうさするパソコンの画面が表示した前歴者は、ことばはわるいが、どれもこれもちんけな犯罪者ばかりで、これほどの計画性(知力)と実行力をかねそなえた輩を、見つけだすことはできなかった。

では八年超のやつはどうかと月並みなことを藤川に頼もうとおもって、このときようやくじぶんのバカさかげんに矢野は気づいた。岡田のちいさなギモンが、かれの脳裏に蘇ったからだ。

犯人は一昨年末から昨年の年始にかけて、岩見のオフィスウェブサイトを見ていたのである。だから、誕生日を個人事務所で祝うパーティが恒例行事となっていることをしったのだ。

ということは、すくなくとも昨年の年始、すでにシャバにいたことになる。

つまるところ、こんかいの連続殺人は、自由の身の犯人が一年以上まえからその計画を練っていたとふんでまちがいない。

ならば、法の成立から八年経過の理由が、刑務所にはいっていたというのはとんでもない見たてちがいとなる。

――こんな簡単なことを見のがすとは…おれはあきらかに疲れている――そう自覚するしかなかった。

そういえば、家にかえれない日々がつづいている。睡眠も不充分なら、食事も、つまが毎日もってきてくれる夜のべんとう以外は外食ばかりだ。栄養がかたよってしまっている。部下もおなじなので表にはださないが、ストレスも溜まりにたまっていると。

しかし、そんな愚痴めいたことをいっているばあいではなかった。証言から、“若い男性”という以外、口惜しいけれど犯人像さえおぼろげな五里霧の中で、警視庁全体が立ちすくんでいるのだ。

すくなくとも、犯人は岩見の件でネットを検索したように、一年以上まえから自由の身であった。ならばその間、いったいなにをしていたのか。なぜもっとはやく犯行におよばなかったのか?できない理由があったとしたら、それはなにか。