ところでときをまき戻し、事件発生から三日目の午後十時からの第三回捜査会議にての主たる報告を、星野管理官がぶかに命じまとめたのだが、それに目をとおすとしよう。

  • 狙撃現場を特定できた。(この報告は、前日の第二回会議ですでになされていた)
  • そのしゅうへんを中心に訊きこみを続行中(地取り捜査という)。とくに、犯人は事前に狙撃現場の物色にうごいていた可能性がたかいので、しゅうへんのコンビニや食堂などを中心に“地取り”している。
  • 近辺の防犯カメラの映像を回収し解析にまわしている。なかでも、逃走に車などをもちいたことも考慮し、周辺駐車場の監視カメラに力点をおいているよし。

4 元首相の行動パターンをしっていた人間を洗いだし、そのなかから動機をもつ人間をしぼりこんでいる。

5元首相とかかわった人物のなかに、クレー射撃を得意とするキャリア官僚綾部がうかびあがった。しかも「元首相の指示で閑職においやられた」とそう、本人は報復人事の不服をふだんからまわりにもらしていた(と、ここで会議中にもかかわらずどよめきがおこった)という。こんご、身辺捜査でアリバイの有無、動機の内偵等おしすすめていくとのこと。

1における詳細な説明はこうだった。

銃撃をうけたときの元首相の路上での位置と入射角度、および弾道(弾丸飛来の軌跡)などにより狙撃現場を特定できたと鑑識。

ということで、2と3についてだが、狙撃現場を中心に半径三百メートルの地域において、捜査員を動員しているが、目撃者さがしは不調のままである。たとえば、

不審人物をみたとの情報は相当数えているのだが、時間的に符合しなかったり、手ぶらであったりで。というのは、たとえライフルが組みたて式であったとしても、銃をしまい込めるほどのおおきさのカバン類を所持していなければならないからだ。

裁判時、加害者側に不利をうむ決定的な物的証拠となり、捜査段階でも、犯人特定にもつうじる凶器を、ゆえに、薬莢ですらも現場に放置しなかった慎重居士の実行犯が、逃走とちゅうでそこらに捨てさるはずがない。かくしおおせない、は自明の理なのだから。

えっ、自明の理?大都会がうむ雑多なゴミにまぎれさせればなんとでもなるに…なして?との素朴なぎもんをいかんせん。ならば、説明するいがいにないであろう。

家庭からだろうが飲食店などからであろうが“ゴミは、可視可能な透明のナイロン袋で所定のばしょに廃棄すべし”との主旨の、いわゆるゴミ廃棄法が国会をへて、2017年十一月の施行以降、東京オリンピック・パラリンピックむけテロ対策の一環として、国民に徹底されたことによる。

くわえて、ゴミ収集車には金属探知機とX線スキャナー装置の設置が義務化され、爆発物などもふくむ凶器類をみぜんに察知できるシステムが導入されてはや五年。この法はオールジャパンとして、海外からの観光客にも、治安上の安全をアピールできるとのねらいもあった。

東京オリンピック・パラリンピックは、おかげでテロの標的にならずにすんだと、都知事は自賛していたくらいだ。それはまあ、さておくとして、

こんかいにおいても、じじつ、不審なゴミはひとつもでてこなかった。違反したゴミ袋には、ひとつにつき罰金十万円が科せられているからでもあろう。

ゴミに紛れこませられなかったとなるととうぜんのこと、犯人は銃をもちかえったにちがいない、となる。

ちなみに、狙撃現場ちかくには、銃を沈みこませられるような川も沼や池もないことは、現場をてっていしてしらべた鑑識班にかぎらず、矢野係や他の捜査員もすでに確認していた。

犯人はライフルをもちさったはずとの、そんな結論づけに呼応するかのように、事件から七日後、狙撃現場ビルからの直線距離五十メートルという近場にて、しかも事件直後という時間的にもふごうし、しかもそのおとこは、おおきなリュックをせおっていたとの有力情報を、かれらはついに入手したのである。

もたらしたのは、土日のアルバイト勤務から帰宅とちゅうの、低賃金非正規雇用のせいでねる間をおしまねば生きてゆけないきのどくな青年であり、くわえて、狙撃現場から百メートルほどに設置された防犯カメラの映像でもあった。

ちなみに青年だが、かれがこぐ自転車があやうくおとこにぶつかりかけ、それが夜間のサングラス男だったせいで記憶にのこったのだった。「ほかの特徴ときかれても、…そう、マスクと帽子、それから黒っぽいコート、くらいですか」

ところで、入手に時間がかかったわけだが。捜査員の怠慢のせいではない。

青年が土日のアルバイト勤務だったために平日の訊きこみでは遭遇できなかったこと、また映像だが、画面の中央部にではなく背景的だったせいで、遠映になってしまったこと、さらにこれが唯一の映像であったために、こちらも発見がおくれたのだった。映像の隅にちいさくしかも一瞬だけうつっていたので、看過してしまったのだ。

ただし、手掛かりとなりそうなようやくの情報ではあったが、捜査陣にとってはざんねんなはなし、肝心なぶぶんが欠落していたのである。

目撃者のせいではないのだが、その不審人物は既述したようにサングラスをし帽子をかぶり、ごていねいにおおきなマスクまでしていたからだった。人相秘匿のためであることはいうまでもない。どころか、年齢の推定すらむずかしい。

情報としてはせいぜい逃走方向と、とうやの服装やおおよその身長と体重くらいである。

しかし、カメラがとらえた服やリュックは、すべて処分したであろう。しかも黒っぽいコートやリュックはどちらも、有名量販店でうっているタイプににているとのことだった。

なるほど、よほどのバカでもないかぎり、めだつ格好をするはずないのである。

それでもさっそく、姿絵をできるだけ似せて作成し新聞やニュースで発表してもらった。だが、というよりもやはりか、これといった有力情報をいまのところえられずじまいであった。さらには、これからさきも期待できる状況にもない。

目撃者はひとりだけ、映像もその一カ所のみ。なぜ、ほかに目撃者があらわれないのか、血眼でさがしたが、映像もどうしてこれだけしかないのか、ともかくも不思議であった。

「こういうのはどうでしょう」藍出が矢野に、かんがえに考えぬいた渾身の憶測を披露したのである。

「銃身を二分割にするなど、バラバラにしたライフルを宅配便に依頼し自宅におくらせた」犯人が逃走の最中、しかもそうそうに荷物を業者にあずければ、一メートル以上の手荷物をさがそうと躍起になってもいみがない、そういいたいのだ。

たしかに熟慮の発想ではある。

藤川たちは、なるほど、なぞは解けたとガテンした。

「藍出、あるいみ、おもしろい発想だが、もっと想像力を発揮しないと」矢野は即座にちいさな叱咤をした。とても推理とはよべない、あまい憶測でしかないというのだ。

犯人ならどんな行動をとるか、そのまえにまず、犯人のきもちを忖度(ひとの心をおしはかる)する、そこから事件解決の糸口をつかむ、これが矢野流捜査の基本であり、いま、その訓練をつまそうとしているのだ。

それがわかった藍出は、まず、反省したのだった。そして脳のスクリーンに、そのときの情景を映像としてうつしだしはじめた。

やがて「ぼくがきづいたくらいなら、犯人もでしょう。なるほどそんなことをしたら、じぶんの名前やじたくの住所を宅配業者に記録させることになる。つまりこの手段は姑息ゆえに、危険このうえない」犯人なら、こんな愚策をとるはずないと。藍出もようやく、その場しのぎだった欠点にたどりついたのだ。

だけでなく、深夜に宅配をたのむとすればコンビニであろう。ほかはかんがえにくい。

矢野もいちどは藍出とおなじ発想をした。しかしすぐに排除した。それは、コンビニには防犯カメラが設置されており、いくら変装していても歩き方(歩容認証による鑑定システム)や所作に人それぞれの特徴がでる以上、防犯カメラの映像をニュースで公開されたばあい、知人がみればあるいは気づかれ、身分が露見するかもしれないからだ。

「たとえば岡田。おまえは眉間を右手の人さし指でしばしばかくクセがある。そのせいで、すぐに峻別されるだろう」いくら緻密な計画をたてたとしても、犯人も人間だ。ひとを殺した直後なのに、冷静沈着でいられるはずがない。

「おもわずふだんの所作がでても、なにも不思議はない。ましてあいてはコンビニの防犯カメラだ。来店時の足のはこびも所作も細大もらさず撮影している」そんなばしょにわざわざ足を運ぶだろうかといいたいのだ。

「それだけではない」大都会ゆえに、監視カメラも相当数設置されているとも。

藍出のを推測と評価できるとすれば、それは銃の分割解体だけであった。

藍出はようやく、あまいとの指摘の実体におもいがいたった。監視カメラをも計算にいれて狙撃したのである。ならば、身をかくす算段もしていたにちがいない。

犯行直後、コンビニにはいるなんて姑息というより、もはやまぬけの極みとしかいえない失態をおかすはずがないとわかった。

そうはいっても、犯人が忽然とすがたをけせたそのナゾを矢野とてもといたわけではなかった。いくら秀逸であっても、ナゾをとくきっかけが必要だった。

いっぽう、本部総体としてもクビを傾げるしかなかった。

そんななか、やがて星野と矢野がそのナゾにたいし、合点の推測をすることとなる。