精神が高揚したせいで、はからずも、ほほを紅潮させてしまった東。そのわけだが…?
すくなくともかれが年少だから、ではない。
成人から五年、はや二十五歳になり、“紅顔の美少年”に、その因をもとめるにはムリがあった。たしかに、飛びきりのイケメンではあるが。
まあ、そんなことよりも紅潮のわけだが、練りに練った連続殺害計画が、自画自賛ではけっしてないと確信できるほどの完成度で仕上がったからだ。
――おそらくは、“世紀の完全犯罪”だとして犯罪史にきざまれるであろう――おもわず、東はほくそ笑んだ。
同時に、じぶんには完遂のあとにも、否、そのあとにこそなすべき使命がある、ともかたく信じている。
それがゆえの完全犯罪――逮捕されるわけにはいかない!――のである。
ともかくもいまは、完成した計画の具現化に挺身するのみだと。
……しかしだ、満足するにいたるまでに、星霜をいくつ数えたであろうか。
その間どれほどに身構えしつつ、腐心して、経験と知識を身につけてきたことか。
高校卒業をまち構えるようにして陸自(陸上自衛隊)に入隊し、数年間、きびしい訓練のすえにエリートとして特殊工作員に選抜されたのだった。
ために、世人には想像などできるはずのない、人権などまったく存在しない地獄のような訓練をうけに、うけたのであった。
そんななか、いっぽうで、心理学の専門書をば読み漁ったのだが、この乱読も計画完遂に欠かせなかった。しかも、葛藤に心をよじられながら、である。
本音はこうだ。「一刻もはやく復讐を果たしたい!」
この若さからくる気の逸りが、数えきれぬほどに頭をもたげては、夜ごと、青い心を悩ましつづけたのだった。
だがそのつど――だめだ!あせったら失敗する。完遂するためには、なにがなんでも完璧な計画をたてないと――と、若気をグッと抑えこみ、辛抱をかさねつづけた。それこそ、すり減るほどに切歯しつつ。
そしてやっと、完全犯罪計画の完成に自信をみなぎらせるまでの現況にいたったのだ。
総ては、報復のために。
ところで、既述したように、かれはさらなる想念もいだいていた。
復讐だけにとどまらず、一種の革命、すくなくとも維新を実現せん!との使命にも似た想念であった。
それにしてもと東。青い心をおし殺し、完璧なる連続殺人計画をかならずや練りあげれると自分をしんじていてほんとうによかったと、ようやく安堵のためいきがつい洩れたのだった。
そのために、整形外科手術すらうけたことが頭をよぎった。むろん、後悔はない。
逆にいまは、狂喜乱舞したくなる衝動をどうにか抑えているくらいだ。それどころか、貫徹するまでは封印すべきだと、いまのいま、感情をニュートラルにしたのだった。
さて、腐心のかたわらでえがいてきた想念。
それは世人ならば、良識からは逸脱したとしかおもえない論理(東は自分の使命と断じている)を生んでしまったかれの精神のことだ。それは、八年前におきたある事件で父親が理不尽にも殺害されたときから、じつはそこに狂いが生じはじめていたのである。
ところでこの男、その端正な顔だちは二十代前半時の俳優伊藤英明にどこか似ている。そして冷徹さは諸葛亮孔明のようだ。
古代中国三世紀後漢末から三国時代に活躍したのちの蜀漢初代皇帝劉備玄徳と二代目で暗愚の劉禅につかえた孔明が、“出師表”にて故先帝と蜀漢への愛着をあらわしたことは中国史上有名だが、東というこの男も自己満足とはいえ、憂国の士であるてん、また国家保全のために一命をささげる覚悟、敵の命をうばう完璧な作戦を練りあげためんでも、あえていえば共通している。
ただ決定的にちがうのは、近い将来、東は凶悪犯罪者として悪名をさらすということだ。
その東、十七歳のときにいだいた私怨と公憤は、秋(とき)をへながらもしずまるをしらず、むしろ真冬へむかう荒海の怒濤のようにはげしさを増していったのである。
さらに公憤のほうの増大について。それは父親殺害以前、すでにはじまっていた。具体的には、愛する母国の将来に「災禍をもたらすにちがいない悪法」が国会において可決成立しないことをひたすら祈っていた約八年前のことである。
願いむなしく、衆参両院で強行採決がなされてしまったのだ。祈りは天につうじなかったと、多感な十七歳は直後に悲嘆し、そのあと罵声とともに落涙したのだった。
ところで少年が、どうしてこれほどまでに国政にいれこんだのか。それは、敬愛する父親の口ぐせによった。
「おまえはまだ小六だけれど、いいかい、人生と政治はけっして無関係ではないよ。やがてはおまえも就職をする。そのときの景気が問題となる。不景気だと、いきたいところにゆけずに苦労するだろうし、収入も伸びなやむ。だから、いまのうちから政治に関心をもっておくべきなんだ、となる」
いまとなっては、遺言である。そんなかれなればこそ、そうだと断じた悪法の成立に、おもわず落涙したのだった。
主権者たる国民の耳目に、耳栓とアイマスクを装着させるがごとき世紀の悪法は、施行後やはり、国民への目にみえぬ重圧となって、のしかかってきたのである。
ときに、成立当時の首相や閣僚、与党国民党幹事長などの幹部のしてやったりの厚顔に、父親を殺害されたばかりの十七歳の紅顔は、憤りでうち震えた。
そして誓った、「おやじの死の原因をつくった亡国の徒のこいつらには、かならずや天誅をくわえてやる!」と。
それからの八星霜……。
2022年12月15日午前零時二十三分のかれは、狙いをさだめていたライフルの、その引き金を引いたのである。
冬のキーンと引きしまった空気を切りさく弾丸の、刹那の微音の直後、標的にされたおとこの頭部から、紅い鮮血がピュッと噴きだした。
直後、東はごくちいさく「Icarried out! アイ キャリード アウト」(よし)と吠えたのだった。
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