間違いなく不連続なのだが、それでも連続性を否定できない、しかし個々はやはり不連続な殺人事件なのである。そして、それら全てはすでに終了していた。

「ワーオー」と野性を目覚めさせ、魂を興奮(ゆさぶ)るほどのナイヤガラ大瀑布を間近の背景となし、
今年二十五歳のその女性は何かに憑(つ)かれでもしたか、安全柵をまたぎ、左足を柵の外側の地面につき、身を大河側へ反らそうとしていた。大自然の真っただ中に五体をさらすことで、果たして女王の気分で、豪たる水煙と轟(ごう)たる爆音、強(ごう)たる激流、それらの総てを征服しようとでも思ったのか。
痩身とはいえ身を託すには心許ないと傍目には見える、柵と結んだ安全ベルト然の黒い帯状、それを右手でグイと掴み、左手を天に向けて半身を反らし二ッコリ微笑んだ。
まさにその刹那であった、

えっ?あっ、ギャーー…。

この世のものとは思えぬ叫び声を残し、彼女の影は、しかし地上から消えたのである。仰天と恐怖と生への執着の必死の叫びはされど虚し。呆気ないほどに短く、爆音に呑まれていったのである、哀れ、婚前旅行中の男性に「ダマしたな!」と、罵倒する暇(いとま)もなく…。
安全柵という人工側から、大自然そのものに呑み込まれゆく姿も、瞬間だった。ああ、命の重さに比べ、悲しいほどに小さな水しぶきが、激流上に一瞬上がっただけであった。
太陽光と滝の水煙を因とする河面(かわも)上にできたささやかな虹が、その女性の最期をみとったのである。

二十八歳の美女は地上百メートルにあって、大胆にも、下着姿であった。しかも全裸男の胸上に馬乗りになって。一方の男は四肢をベッドの各脚にくくられ、口をばガムテープでふさがれていた。羞恥のSMプレーか。まさに淫らを想像させる。
だが、とは明らかに違う点が二つあった。男の左腕にはカッターナイフがつきたてられており、首にはというとタオルが喰い込み、さらにじりじりと絞られていたことだ。
いや、もう一つあった。男の瞳が、迫りくる死への恐怖に慄(おのの)き震えていたことだった。
二分後、若い男の瞳孔は開ききっていた。眼はただ、男の命が果てたあとの世界をとらえていたのである、虚しくも。

女性がひとり、小さな古マンションの階段をコツコツと上っている。
自宅の玄関ドアが正面に迫っていた。まだ二十八歳ではあったが彼女の背中は、電車が三十分近く遅延したせいで、いつも以上の疲労感を漂わせていた。そして足と腰に多く蓄積した疲労物質(乳酸)は、昼と夜における立ち仕事が生んだ代物であった。