直径42メートル(推定)の巨大隕石が、北緯39度55分・東経116度23分の北京を直撃した。
 直後、衝突は、速度もだが規模も計測不能な衝撃波(物理学上の計算から、少なくともマッハ4以上だったであろう)や数千度の熱波を惹起(じゃっき)した。
 衝撃と熱により無情にもヒトは、その骨格すら残すことなく消滅し、建造物も例外なく壊滅したのだ。しかも数秒で。まるで、地球の支配者であることを「たかが」と嘲笑するみたいに。
 同時に、宇宙からきた憎きカタマリ自体は四方八方へ、自爆テロリストさながら高熱をおびて、砕け散っていったのである。正確には礫(つぶて)となり、直径約9km以内の存在すべてを破壊し尽しつつ。こちらは42秒間のことだった。
 あとに残ったのは直径2km弱のクレーターと、そして、音を発するものの、ことごとく消え去ってしまった、だからの静寂だけである。
 そんな悲惨の四日前のこと、超高速で異常接近する異型の小天体を、各国が探知した。
 前方後円墳に似た、いびつでしかも前後左右不規則に回転しているため、大気圏突入後の落下速度が一定せず、そのせいで落下地点の推定はかなりアバウトとなった。
 大洋への落下だったら、被害は最小限に、とも言いきれず…。なぜなら、巨大津波による被害も、甚大となりうるからだ。
 いずれにしろ、いびつ・不規則回転・空気抵抗のトリレンマが人類に禍(わざわい)したのである。各国は当然、威信をかけ招かざる客を宇宙空間で迎撃したのだが、ことごとく失敗したのだった。
 それでも難をのがれようと、最後まで抗(あらが)いつくした人々、さらにはかれらが駆使した最先端の科学技術…、にもかかわらず残念だが、ただただ無力だったのである。
 そして、ついにきた当日。
 四十万人を超える、上空の閃光と轟音に怯え泣き叫んだ顔も声も一瞬だった。
 こんな凄惨、常人に想像できるはずがない、経験していないからだ。
 そうであろうとも地震ならば、その脅威や破壊力をあるていどははかれるだろうと。ただし、経験知をはるかに凌駕する空前絶後の地震エナジーであり震度であった、それもだ、地球外からの。
 だから、通常の地震を基(もとい)とする仮想や想定とは異なってしまうであろう。それでもどうか想像してほしい、死者のあまりの多さを受けとめ、心から悼むために。
 破壊力のちがいとその凄さ。比較できないほどだとしてもだ。
 今回の隕石衝突のエナジーだが、あえて科学的見地から書くならば、マグニチュード10超級の巨大地震が発生したのと同クラスであろう。
 とはいっても地震においては、発生メカニズム上、実際には、その規模のだとまずは起こらないとのこと。
 じじつ、有史以来、文献からの推定では、10超クラスの発生を確認できず、よって、観測史上最大規模は1960年のチリ地震、マグニチュードは9.5である。
 阪神淡路大震災や東日本大震災なども大地の恐ろしい揺れだったが、⒑超がもし直下であれば、想像しただけで鳥肌がたつほどに、その被害は数百倍をはるかに超えることとなろう。
 以上の説明においてムリがでたのも言わずもがなのこと、巨大隕石の衝突が原因だったからだ。それで、人智の尺度を超えたエナジーが、有史以来の激震をひきおこしたのである。
 不幸中の幸いだったのは、恐竜を絶滅させたとされるほどの隕石ではなかったことだ。

 都市がいくつか丸ごと、業火と灼熱により焦土とされてしまった。
 火山の大噴火と、その直後に生起した無慈悲といえる数千度の溶岩流や火砕流がまさに飢えた虎のように、逃げまどう人々をのみこんだのだ。その命ひとつひとつがボッと赤く発火し、焼き尽くされていったのである。
 母親が命がけでかばう乳呑み児(ちのみご)にすら、少しの容赦もなく。
 それでもなお、かすかだが救いがあるとするならば、熱さを感じなかったことくらいだろうか。猛烈な噴火が最初にうんだ高濃度の二酸化硫黄SO2やCO2・CO・硫化水素H2Sなどの火山性有毒ガスにより、人々は呼吸困難や酸欠状態におちいり、すでに命をうしなっていた可能性が高いからだ。
 だが凄惨は、これだけではない。
 さらに、降りそそぐ無数の火山岩塊も、無辜(むこ)(=罪がない)の人々を際限なく圧し潰したのである、プログラミング化された、まるで、車のスクラップ工場のように。
 しかもその痛ましさの極みは、ひとの死にたいする尊厳さえもうばっていったことだ。人が圧し潰された場合、大量の血があたりを濡らす、死にたくなかったと抗議するかのように。
 ところが二千度にたっした岩は、紅をまっ黒に変色させ、時をおかず、蒸発までさせてしまったのである、泣訴を小賢(ざか)しいといわんばかりに。

 天を衝くきのこ雲が、いまはそこに聳えたっているだけ。
 ついさきほどまで、たしかに存在していた緑木の下の子どもたちの騒ぎ、まちが醸す喧騒、人々がそれぞれにいそしんでいた人 生。いやいや、もっといえば百万人超の人命と文明そのものが、まるで幻影であったかのように、一瞬で消えさったのだ。
 もはや、音も消えていた。そして夜ともなれば、暗黒が覆いつくすだけの無機質世界が…。

 エトセトラ、エトセトラ…。
 空恐ろしい描写である。ただ、幸いにも、現実ではない。
 天才宇宙物理学者が、夜ごと、こんな悪夢にうなされていたのだ、良心に責め苛まれつつ。べっとりと寝汗をかき、やがて叫びながら目を覚ますのだ、未明の、誰もそばにいない氷の板のようなベッドの上で。
 こんな無間(むげん)地獄(=間断のない苦しみが責め苛む地獄)が、まるで日課であった。
 どうしてこんな悪夢を?にたいする答…ならば、いずれ明らかになる。
 そんなことよりかれは、脳内映像をコンピュータに記録させていたのだ、日記でもあり、証拠としても。
 MRIが磁場活用で、脳の状態を映像化できるように、脳の活動を外からスキャンする、具体的には思考の内容・感情の真実性(ウソ泣きやサギ師の表情等は虚偽として見極めできるから、信頼度が高い)・さらには夢の内容までも、自身の真実として、おのれのぶんのみを記録できるシステムができあがって六年以上になる。
 むろん場合によるのだが、個人情報開示を本人が認めそれを正当だと裁判所が判断したときは証拠採用できると、そう、民事および刑事訴訟法に書きくわえられて、はや四年がたつ。
 ところで、ポリグラフ(その昔、ウソ発見器と俗に)検査のような過去の遺物ていどではない精巧なAI(人工知能、なんて表現はもう古い)が、当人の文書(筆跡と指紋で認定すると民法で規定)による指示だと確認できてはじめて稼働するシステムを使い、記録させているのだ。
 そのためのセキュリティは当然ながら大事で、なりすましができないよう万全を期している。
 ところで、天才宇宙物理学者が記録をとるその意図は?
2099年であり同時に1945年でもあるその年(ちなみに、場所は二光年離れているのだが)に、かれがなす歴史の大転換において、営利や快楽あるいは復讐心などの動機が、毛筋ほども存在せず、ただただ理想の実現以外に他意がないことを証明するためであった。