教養ぶかい母は、女性としては変人の部類にはいる。

古代の中国史に興味があるというから、たしかに変わっている。“十八史略”もだが、“孫子”もすきな書物のひとつで、解説書もそれぞれよんだ、とのことだ。

「追いこんでしまうのは、教育上でも“愚親”のすることやと、どっかの教育評論家が書いてた。けど、それも時と場合によるやろ。あんたが今後どんな人生をあゆんでいくんか……。ほんまに心配なんや。最悪、根なし草のようになるんを、みすみす放置するわけにはいかんやろ!」

ひとりっ子とはいえ、甘やかすことのなかった母だが、このときの言動には、ただならぬものがあった。なにがここまでこわばらせているのか、ボクはますます困惑し、頭をたれた。

「……」沈黙するしかできなかったのである。

母は、そんなボクにいらだったようだ。「面(おもて)をあげなさい!そしてわたしの眼をみなさい!」

伏し目のままゆっくり顔をもたげ、そして最後に双眸をもどし母の顔をみあげた。まのあたりにしたのは、蒼白になった相貌と充血した双眼からながれでる涙、であった。

母の、嬉し涙・悲しみの涙・感動の涙なら、いくどとなくみている。しかし、憐れみのゆえにながす涙をみるのははじめてだった、

しかも、このボクにたいし、だ。…ショックだった。

「よもや…、楽して面白おかしく暮らしたいなんて、そんなバカなこと、考えてるんやないやろね!もしそうなら、情けない息子なんか、金輪際みたくない!」唇がわなわな震えていた。「もしそうなら…、あんたがこの家をでるか私が出てゆくか」昂(たかぶ)った感情は、頂点にたっしたようだった。

それにしても、まさかの発言であった。もちろん、きらいな酒類は一滴ものんでいない。なのに…。