いっぽう、散々な目にあわせたデカが相手だけに、さきほどまでの漲りぶりとは雲泥の落差を、半信半疑の眉で看視ながら、「それでもあんたのことだ。なんとかするつもりなんだろう」と、探りをいれたのだった。
「なんとかできればねえ…。今だって、供述をひっくり返されるような体たらくでは。上がどやしつけるだろうしな」眉間にしわをよせ、頭をかいた、いや、かきむしったというほうが近かった。
「それはまた、困ったことになったねえ。けど、仕事だからね」上司の存在を気にしている、となれば、困惑ぶりは、芝居ではなさそうだと。警戒心がほどけだすに反比例し、上からの物言いが、頭をもたげだした。じぶんの知能を過信する性格だからか。
「まあ、ご苦労なことだよね。ところでとどのつまり、立件できる見こみでもあるの、かな?」生意気なのか、傲岸のせいか。小バカにした言動をみせたのだ。“とどのつまり”こんどは、じぶんが相手を立腹させる番だとして。
つまるところ、銃も弾丸も、とっくに江戸川の川底だからである。
「それとも、僕が犯人だと証明できないからと放っておくつもりかな。そういえばその昔、検察が、立件できないからと不起訴処分にした事件もすくなからずあったよね」
JR福知山線脱線事故や小沢一郎議員による陸山会事件などをさしていた。いずれも物議をかもし、検察審査会(要は、民間人による組織)が不起訴不当(検察が公訴しない事件にたいし、同会が民意の反映として、強制起訴できる権限をあたえられた)と断じ、強制起訴させている。
「さて、被疑事実が明白な今件でも、証拠不充分により起訴猶予と判断すれば、マスコミや世論がこぞって、警察も検察も無能だと罵倒するだろうしな。…なにせ、二度の狙撃事件だけでも、世界中が注目する大事件だったからなあ。やっぱ、みものだね」まさに、他人事の口ぶりだ。
「まあ、そうなるのが、いまから楽しみだよね」ここにきて、饒舌を決めこんだのである、しかも、どうだと言わんばかりの鼻と口元で。
と、そこへ、待ちにまった科捜研からのメールがはいった。
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